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サイアスの千日物語  作者: Iz
第二楽章 魔よ、人の世の絶望よ
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サイアスの千日物語 四十五日目 その十九

無数の篝火で赤に照らされた本城の大通りを抜け、

外郭城門に辿り着いた城砦騎士団長

チェルニー・フェルモリアは、供回りの兵士らに待機を命じた。

城門脇で整列し緊迫した面持ちで有事に備える各戦隊の小隊は

チェルニーの姿を見とめて一斉に威儀を正して敬礼し、

チェルニーはそれらに軽く頷きを返すと

単騎城門を出て南へと進んだ。


漆黒の甲冑に篝火の灯りをゆらゆらと反射させ、

濃い銀の髪が装甲の黒と対比を成すように映えていた。

左腰に長剣を佩き、右手に鉄槍。盾は持たない。

チェルニーは槍と剣の二刀流で戦うのを常としていた。

剣術と槍術、共に流派を興す程の腕前であり、

また馬術を得意として足捌きのみで馬を操った。

百戦錬磨の野戦の名手であり、馬上でも左右の武器を

別個の生き物の如く巧みに振るい、同時に完璧に指揮を執った。



「……チッ。うさんくさい軍師共の次は

 ムサくてクサいおっさん共の相手か。

 若い女が多い分、まだ指令室の方がマシだったな」


出陣中の城砦騎士たちが集合する座標6-15の

南端に到着したチェルニーは、開口一番悪態を付いた。


「あぁ? 何言ってんだテメェ。

 おっさん成分追加しといて吐いていいセリフじゃねぇぞ!」


座標6-15には既に第二戦隊の各部隊長をはじめ

10名程の城砦騎士が集結していた。

周囲にただらなぬ武威の気を放つそうした城砦騎士たちの中でも

一際異彩を放つ剃髪黒衣の偉丈夫が、泣く子も黙る形相で

チェルニーを睨み、そう吠えた。


「ファーレンハイトか。

 闇夜だってのに輝かしい頭だな。

 そんなガラの悪さでは女にモテんぞ」


チェルニーは剃髪した漆黒の鎧武者、第二戦隊副長たる

城砦騎士ファーレンハイトに向かってそのように返した。

チェルニーとファーレンハイトは同い年であり、また同期でもあった。


「馬鹿言え、俺ぁテメェよりゃモテる。

 あと輝かしいのは俺の清らかな内面が滲み出てんだよ。

 有難く拝んどけ」


ファーレンハイトは鼻で嗤いつつ伝法な口調でそう言った。

と、そこにウラニアが女性騎士と共に絡んできた。


「そこな下郎。わらわら美女をおっさん扱いとは許せん。

 腹切ってわびよ。さもなくば首をはねてくれる」


トリクティア名門貴族の出であるウラニアは

フェルモリア王弟殿下を欠片も敬うことなくそのように述べた。


「待て待て、女性陣には一切言及していないぞ。

 俺の善意を曲解するな」


ウラニアが平然と月下美人を構えるのを見て、

チェルニーは速やかに弁明した。


「何が善意か。いちいち気に障るヤツよ。

 それで何しにここに来たのじゃ」


「指揮しに決まってるだろう。

 それ以外でわざわざ来ないぞ」


チェルニーの返答は

当然といえば当然過ぎるものだった。


「指揮? 後ろで喚くだけでしょう?

 居ない方が楽ですね」


ウラニアと並んで立つ女騎士がそう言った。

第一戦隊精兵隊の副長を務める女傑だ。


「おぃお前、そんな身も蓋も無いことを……」


チェルニーは盛大に眉をしかめた。

その時微震を伴い背後から巨漢の甲冑武者が迫ってきた。

後方の各部隊へと督励に周っていた第一戦隊長にして

城砦騎士長オッピドゥス・マグナラウタスが、精兵隊長たる

城砦騎士シベリウスと共に合流したのだった。



「何だ団長。またイジめられてんのか?」


既に激戦を経てすっかり「できあがって」いるオッピドゥスは、

ドスの利いた大声で、しかしどこか楽しげにそう言った。


「おぉオッピか。うむ。

 こいつらには敬意というものが足りんのだ」


騎士会での序列では上位にあたる騎士長オッピドゥスだが、

騎士団全体での階級を忠実に守り、それなりの敬意を以て

騎士チェルニーに接していた。


「何だテメェ。上官気取りか!」


一方のファーレンハイトは騎士会の序列では同位であるため、

チェルニーに対してため口であり、ウラニアなどもそうだった。


「いや上官だぞ俺は……」


チェルニーは呆れたようにそう言い、

オッピドゥスはそれを見て苦笑していた。


「大体お主、兵団の指揮はどうしたのじゃ。

 また参謀長に無理強いして任せてきたのかや?

 ちぃとは年長者をいたわらねばならんぞ」


ウラニアはその様にチェルニーをたしなめた。

ちなみにウラニアはチェルニーより若い。


「お前が言うな…… まぁそれにだな。

 今回は兵権をセラエノではなく兵団長に預けてきたのだ。

 よって何の問題もないぞ」


「兵団長……? おぉ、天馬騎士殿にか」


ウラニアは年下でまだ騎士でもないサイアスに対して

チェルニーに対する以上には敬意を払っていた。

チェルニーは何か言いたげだったが

確実に面倒なことになるので我慢したようだ。


「彼か。問題あるまい」


脇で話を聞いていた第二戦隊の歴戦の武人たる

城砦騎士ヴァンクインがその様に述べた。

その表情には仄かに笑顔が浮かんでいた。

ファーレンハイトがその様子を見て、


「昼間に大ヒルとタイマンして追い払ったんだってな。

 眷属も一日1体以上のペースで仕留めているようだ。

 グウィディオン一味を含めると軽く30は斬ってるようだな」


と引き継いだ。二戦隊副長の名は伊達ではなく、

ファーレンハイトは情報収集能力に長けていた。


「兵士の戦歴ではないな。完全に騎士のものだ」


シベリウスはそう言って微笑んだ。

次代が確実に育っていることを素直に喜んでいるようだった。


「大した若武者じゃ。

 ……ヤツの甥と言うのが気にくわんがな。

 ワシの娘と良い勝負であろう」


現役最年長の城砦騎士たるアクタイオンが

どこか懐かしげに苦笑しつつそう言った。


「あれは軍才もかなりある。

 この戦況で大人しく後方待機はないだろう。

 必ず何らかの手を思い付く。そしてどんな手であれ、

 軍師どもが意地でも実現させるに違いない」


サイアスへの評価が概ね好評なことに満足したチェルニーは、

サイアスの思惑を予測し見解を述べた。


「ほぅ? 兵士に人気だとは聞いていたが、

 軍師衆にも気に入られてんのかい。末恐ろしいな。

 良かったじゃねぇか殿下。お前もう平原に帰っていいぞ」


ファーレンハイトはそう言ってチェルニーをからかった。


「馬鹿言うな。まだまだ俺の足元にも及ばん」


チェルニーは苦笑し、他の騎士らと同様に

座標7-12に屹立する「繭」へと目を向けた。

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