表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サイアスの千日物語  作者: Iz
第二楽章 魔よ、人の世の絶望よ
382/1317

サイアスの千日物語 四十五日目 その十七

平原に住まう全ての人の命運と人類の存亡を賭けた大戦。

その大戦における平原の兵士数万に値する城砦兵士数百の指揮権。

途方もなく重いそれを、依怙地になって固辞することもなく

また狼狽して遅滞を招くこともせず、ただ威儀を正して

サイアスは引き受けた。そこにいささかの逡巡も躊躇もなかった。


「無茶振りなのに

 やけにあっさり引き受けましたねー」


司令席のある場所から最も近い席に着いている

フェルマータがどこか楽しげにそう言った。


「ゴネたところで敵の得。

 ここは速やかにことを運ぶべきでしょう」


サイアスは肩を竦め、

フェルマータに苦笑してみせた。


「フフ、判ってるじゃん。大いに結構。

 まぁ端から断るなんて思ってなかったけどね」


セラエノは薄く笑ってそう言った。 

 

「四戦隊兵士長は空席のことが多くてね。

 私が兵権を預かることが多かったんだけれど、

 君が引き受けてくれるなら私も気が楽だよ。

 軍才は直に見せて貰っているからね。

 

 それと以前から、

 他戦隊と四戦隊の兵士長の差異が

 名称からは不明瞭だというのは言われていてねぇ。

 もう今後は君、兵団長で通しなよ。

 あぁ勿論、城砦騎士になるまで、だけどね」


「特に異存はありません。

 が、一つだけお願いがあります」


セラエノの言に抑揚なく従いつつも、

サイアスはさりげなく条件を付けた。


「ん? 何でも言ってみー?」


おねだりされるのが好きなものか、

セラエノは嬉しそうにそう問うた。


「石をください」


「……石?」


「認識票に付ける宝石。

 兵団長の呼称に相応しいのを追加してください」


この期に及んでも、サイアスはやはりサイアスであった。


「あー、はいはい。

 それくらいお安い御用さ。

 宝物庫から飛び切りのを掠めてくるよ。任せといて!」


「おー、やった!」


セラエノの確約によって、

サイアスは場違いな程ご機嫌になった。


「フフフ。君にも可愛げはあるもんだね。

 さてと、では今のうちに質問を受け付けようじゃないか」


セラエノはサイアスの稚気に喜び、

手を差し伸べるようにして問いを促した。



「では単刀直入に。

『魔』とは、何ですか」


サイアスはさらりと切り替え、

これ以上ない程直裁に問うた。


「それはむしろ短刀直入だねぇ。ドスっときたか。

 まぁそうくるだろうとは思ってたよ!

 

 そうだねぇ。

 君の意図と知識に沿って答えるなら、魔とは概念物質だよ。

 常にそこにあっても、漠然として掴みどころがない感じ。

 嵐や地震、津波といった自然現象に近いかな」


「実体が、無い……?」


サイアスはセラエノに問い返した。


「そう。少なくとも今この時この場所に

 彼らの肉体は存在しない。もっと言うと、

 人の認識を超えた高次のものとして存在している、

 ということかな。厄介なのはそれでいて

 バリバリ元気に生きているってことなんだけどね」


「ふむ」


「連中は人の魂を喰らうのさ。

 中でも恐怖や憎悪、悲憤や絶望といった

 様々な負の感情に染まった魂が好みらしい。

 何で負の感情なのかは連中に聞いてみないと判らないね。

 多分だけど、その方が美味しいんじゃない? 

 人にも甘党とか辛党とかあるしねー」


「まぁ好みは誰にでもありますからね……」



途方もないスケールの相手を身近な事例で喩え、

卑近なものとして認識させ、貶める。

セラエノの説明はそうしたレトリカルなテクニックに溢れていた。

そのお蔭もあって、サイアスの魔に対する畏怖や忌避感は

より一層薄らいでいった。



「眷属にしても、例えば魚人なんかはそういう傾向が強いね。

 人を脅かしたり嘲ったりするのが好きなところとか。

 まぁ連中は魔に比べれば下等も下等だから、

 感情や魂を直接喰らうところまではいかない。

 なので人の肉を喰らう」


「……つまり、魔と眷属は主従関係だけでなく、

 共生関係も有している、と」


「おー、良いねぇ。その通り。

 だから魔は眷属を直接標的にはしないんだよ。

 魔を本能的に畏れ敬う眷属は

 本能と強迫観念とに突き動かされて人を殺しその肉を喰らい、

 魔は眷属からの上納品たる人の魂を喰らうのさ」


聡い者が大好きなセラエノは

サイアスの考察に満面の笑みとなった。

そしてサイアスの考察はさらに一歩踏み込んだ。


「……もしや、神というのは……」


「ハハハ、そこまで飛躍しちゃうかい?

 まぁ答えるけどね! そう。本質的には魔と同じさ。

 自身に捧げられる祈りや信仰を介して

 大勢から少しずつ、しかし大量に集めた魂の欠片を

 濃縮還元してお召し上がりになるのが神さ。

 違うのは方法論だけ。大違いではあるけどね。


 神は毎日コツコツ積み上げていくのが好きなんじゃない?

 魔は一気にぐわっと踊り食いで、喰らい終わったら寝ちゃうんだよ。

 次に起きた頃にはまた増えてんだろ、てな具合だね」


不遜の極みにして禁忌のきわみと言える内容を、

セラエノはサラリと語って見せた。

もっともこの時代において神への信仰心を持つものは稀であり、

既に指令室内には常識の向こう側に住まう軍師しかいなかった。

そのため取り立てて騒ぎが起きるようなことはなかった。が、


「神は第一戦隊。

 魔は第二戦隊に似てますね……」


あっさりと受け入れたサイアスがその様に喩えたため、

軍師衆がブホっと咽せ、噴き出した。


「クク、アッハハハハハ!

 その喩えは思いつかなかった!

 凄いセンスだね、素晴らしい、畏れ入ったよ!」


軍師衆同様、セラエノは腹を抱えて笑い出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ