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サイアスの千日物語  作者: Iz
序曲 さらば平原よ
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サイアスの千日物語 三十日目

早朝、未だ夜の帳が上がり切らぬ頃、兵士がサイアスを起こしにきた。


「サイアス。今日はお前も来いとのことだ。すぐ支度しろ」


「おはようございます。判りました。すぐ行きます」


サイアスは起き上がると身づくろいを済ませ、いつものガンビスンでは

なく剣樹の紋章の入ったコートオブプレートとサリットを装備した。

腰には王立騎士団の帯剣を佩き拳盾を引っ掛けて、ベルトの金具に

革袋や水筒などの小物を取り付けた。


現状最良の装備を準備し終えたサイアスは、真っ直ぐ詰め所へと向かった。

詰め所では兵士たちが装備や備品の確認に精を出していた。


「お、サイアスか。

 今日は随分立派な格好じゃないか」


顔見知りの兵士が声をかけてきた。


「おろしたてです。

 今日はどういった任務なのですか?」


「昨日の続きだとは思うが、まぁ副長待ちだな。

 それよりお前、飯は」


「まだです」


サイアスは答えた。


「副長には言っといてやるから、まず腹ごしらえしてこい。

 ちゃんと味わえよ!」


「判りました。お言葉に甘えます」


「相変わらずお堅いヤツだ。ま、いってきな」


サイアスは兵士に一礼すると食堂へと向かった。



食堂に入ると厨房長が話しかけてきた。


「よぅ坊ちゃん。遂に出撃かい? まだ入砦式前だと思ったけど」


厨房長は心配そうな表情を見せた。


「今日は任務に同行するようです。

 詳細はまだわかりません」


「そうかい。とりあえず軽いものを食べておくといい。すぐ用意しよう」


そういうと厨房長は調理場へ引っ込み、ほどなく食事を持って戻ってきた。


「野菜くずのスープと白パンだよ。消化にはいいはずさ」


「ありがとうございます」


サイアスは礼を言って食事をした。緊張のせいか味の方は

判然としなかったが、口に入れるとするすると溶け、

確かに消化に良さそうではあった。


気は急いていてもそこは礼節を仕込まれた身の上、

それなりに余裕ある挙措で食事を済ませると、

厨房長が気を利かせて煎れてくれたお茶を堪能した。


「なんだか隊長を思い出すねぇ。

 隊長も出陣前はそうやってお茶を嗜んでたものさ」


「はぁ。そうだったんですか」


生前、父ライナスが村で過ごす時間は短かった。

ここにはサイアスの知らない父の姿を知る人が大勢いるのだろう。

サイアスは奇妙な感慨を覚えつつ、茶を終えた。


「ご馳走様でした。それでは行ってきます」


「怪我なんかすんじゃないよ。無事に帰っといで」


背中に声を受け、サイアスは食堂を出て詰め所へと急いだ。



サイアスが詰め所に入ると、第四戦隊20余名は全て揃っていた。


「遅くなりました。サイアス、入ります」


サイアスは一礼して詰め所へと入った。


「良い。席に着け」


サイアスは最後列の席に着き、ベオルクは続けた。


「では状況を説明する。過日、物資輸送の部隊が進路妨害を受けた。

 これを受けて昨日、城砦より複数の部隊が現場へと向かい、

 障害物の撤去を完了。我々も同行し、周辺領域を探索し、

 障害物の出所を探った」


「結果として、我々は成果を上げることがなかった。

 妨害地点の南方は湿原地帯、いわゆる大湿原が広がっている。

 そして北方は東西に流れる河川だ。湿原地帯は毒性の高い

 植物や底なし沼が探索を阻む。また河川の向こうは人跡未踏の

 森林地帯であり、いずれも探索には非常な危険を伴う。

 そのため早々に探索を打ち切った、だが」


「流石に手ぶらでは帰れぬのでな。現場である往路の南北、

 湿原と河川との境界域数箇所に、少々細工を仕掛けてきた。

 近づくものがあれば狼煙が上がるようにだ」


ベオルクはそこまで話すと一拍置き、ヒゲを撫でつつさらに続けた。


「現在、三本の赤い狼煙が上がっている。

 いずれも北側に仕掛けたものだ」


北往路に障害物を仕掛けた存在は、往路北側の河川を渡って

やってきたのだ。河川の北方には人跡未踏の森林がある。

障害物はそこから運んできたに違いない、というのが

現時点での見解だった。



「先刻、未明まで城砦周辺の哨戒任務にあたっていた

 第二戦隊所属の小隊が、現場の偵察に向かった。また現在、

 第二戦隊の本隊が強襲部隊を編成中だ。我々はその強襲部隊が

 到着するまでの繋ぎとして先行、偵察部隊を支援し、その後

 本日帰還するカエリア王立騎士団駐留部隊が現場を通過する警護を。

 さらに入れ替わりでやってくるトリクティア正規軍機動大隊による

 人員輸送兵団を護衛しながら城砦へ戻ることとなる。帰砦は夕刻予定。

 今日は騎馬と馬車でいく。馬車の準備が済み次第、出立だ」


「また、今回の任務では、敵が現地にいることが判っている。

 戦闘に至る可能性が高い。各自装備の確認を怠るな。

 馬術の不得手な者は輜重隊を任せる。馬車で来い」


ベオルクは一通り説明を終え、部下たちを見渡した。


「何か意見のある者は?」


一同は押し黙っていた。が、一人声を上げた者がいた。サイアスだ。


「ベオルク様。敵の規模や意図の予測はつくのでしょうか」


「現段階ではどちらも確定できん。偵察部隊の報告を待つべきだろう。

 ただし障害物を撤去した結果現われたことからみて、再度の妨害を

 試みているのではないか、とは推測できるな」


「なるほど」


「他には?」


「狼煙を仕掛けた間隔はどの程度のものだったでしょうか」


「人の足で十数歩という間隔だ。それが?」


サイアスはやや逡巡した後、尋ねた。


「……三本の狼煙に同時に引っかかるような、

 巨体を持った『魔』はいるのでしょうか」


「居ないとは断言できんが…… 何故だ?」


「ラグナ様は、障害物の設置は魔の仕業であろうとおっしゃっていました。

 眷属が運ぶには量・大きさともに不可能なものだったからです。

 また、丘陵で待ち伏せていたと思われる魔は一体だけだったと

 思われますが、それが人の足で十数歩の間隔で設置された狼煙に

 三つ同時に引っかかるほどの巨体であるとは考え難かったもので、

 川を渡ってやってきたのは眷属の群れではないか、と思い至りました」


「魔ではなく眷属の群れではないか、との推測は、

 合理性を伴ってはいるな」


ベオルクは頷き、思案した。


「あー、すると…… ちょっとマズいかも?」


やや間延びした声がした。騎士デレクだ。


「副長ー、これ、裏かかれたんじゃないですかー?」


「……狙いは再度の輸送部隊の妨害ではなく待ち伏せ。

 獲物は先行して偵察にくる城砦兵士、ということか?」


「そんな気がしてきましたよー いやマジで」


「なら逆に、魔が直に眷属を統率してやらせているのかも知れんな。

 眷族の数もかなり多そうだ。それに北から来たかも怪しくなる。

 時間的に魔の積極的な関与が微妙な点だけは幸いだが。とまれ、

 こちらの仕掛けた細工に敢えて引っかかり、誘引する。

 なかなか小洒落た用兵じゃないか」


「これまでの戦闘では無かったことだ。

 が、そもそも魔による輸送部隊の襲撃自体が

 これまでになかったのだから、むべなるかな、か……」


ベオルクはヒゲから手を放し低い声で言った。


「第二戦隊は大半が歩兵だ。編成中の部隊しかり、

 偵察に出向いた小隊しかり。仮にこれが敵の誘引であるなら、

 歩兵では逃げ切れぬし、増援も間に合わぬ。つまり」


ベオルクは一同を見渡し、大きく頷き言い渡した。


「窮地の同胞を救い得るのは、我らのみということだ。

 馬車は待てぬ。後から来い。第四戦隊、出るぞ!」


ベオルクは立ち上がり、ドン、と床を踏み鳴らして右腕を払った。

それを合図に兵士達は


「応ッ!!」


と吠え、恐ろしい速さで詰め所から出て行った。


「デレク。第二戦隊に伝令を。その後全速で追ってこい。

 サイアスは馬車だ。支度が出来次第、乗ってこい。

 備品のジャベリンとホプロンも持っておけ」


「了解」


「判りました」


いよいよ出陣の時が迫っていた。サイアスはこれまでに経験のない、

危地にある味方の救援という状況に、恐怖と興奮、焦燥を感じ

湧き上がる衝動に軽く身震いをしていた。

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