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サイアスの千日物語  作者: Iz
第二楽章 魔よ、人の世の絶望よ
379/1317

サイアスの千日物語 四十五日目 その十四

第二戦隊の斬り込み隊は常設部隊ではなかった。

戦隊長たる剣聖ローディスの弟子たちで構成される抜刀隊や

伝令に特化した一隊を除き、総員300名の大半は

階級のみで区別される一塊の兵集団に過ぎなかったのだ。

個別の隊伍を持たぬゆえに厳格な隊規もなく、

平時は各個が独自に訓練し体調を整えて

幹部から提示された任務に応じ志願しあるいは召集されて

その都度専用の部隊を編制し実務にあたっていた。

よって第二戦隊での部隊名とは任務名であるか、

幹部たる各騎士の流儀ルールに由来する部隊名であることが多かった。

そしてウラニアの率いる部隊は大抵強襲か斬り込みを名乗っており、

文字通りの任務を担っていた。


今回の宴に際しても第二戦隊では140名の闘志溢れる兵士を用意し、

ウラニアは中でも飛び切り活きの良い、流儀に合った30名を選抜した。

よって今つき従う30名は、ウラニアにとり精鋭中の精鋭であった。

ローディスの居館前を発ったウラニアの切り込み隊は

城砦の北門を抜けて西回りで防壁を巡り、防壁の西部に拡がる

回廊を南下して、ひたすら闇と同化し奇襲の隙を窺っていたのだった。


二戦隊の兵士は一戦隊と比して

総合的な身的能力で劣る者が多かったが、

その分膂力や敏捷といった特定の能力に特化しており、

強力な両手武器の扱いに長け、

防具は軽装武器は重装というのが常だった。

ウラニア隊の30名もまた同様であり、

戦斧を構え飛び出して相手を確実に斬り伏せる、

ただそれだけを究めた文字通りの斬り込みであった。


斬り込み隊はウラニアが西から東へと斬り抜けて分断した

縦長の残骸を、小さな個体として再生する暇を与えず次々と

縦にかち割り確実に息の音を止めていった。

ウラニアは東西に並んだ縦長を、足元への対応が困難となるように

1体または2体飛ばしで7体斬獲し、さらに最東端の1体を追加して

8体地に沈めた。斬り込み隊30名は雄叫びを上げながら

その後を追う形で西から東へととどめを刺してまわったが、

突如として最後尾を進む兵士らの首が3つ、宙を舞った。


伏兵として潜んでいたのは、何も人の側だけではなかった。

人の上半身と馬の下半身を足して白骨化させたような外見をして、

両の手には鋭い鎌を持ち、背には虫の翅、地には虫の肢6本。

無数の兵を殺戮し無数の隊を壊滅させ、死神の二つ名で呼ばれる

眷属「死神虫」の群れが側背から奇襲を仕掛けてきたのであった。



「一心不乱! ひたすら東へと斬り抜けよ!!」


ウラニアの声に応、と吠えて、

斬り込み隊は自身や味方に迫る死を一顧だにせず

疾駆し振るう戦斧そのままの勢いを保って斬り抜け進んだ。

ウラニアは地上の名月たるその戦斧月下美人を振り返りもせず

右肩の上を通して担ぎ上げ振りかぶるように振り降ろし、

音も無く背後に迫っていた死神虫の右手の鎌を斬り飛ばした。

月下美人はさらに人の上半身をした胴を袈裟に斬り裂き、

ウラニアはなおも振り向かず何事も無かったかのように東へと駆けた。

金属を掻きむしるような悲鳴を上げ、残る左の鎌を振り上げた死神虫は

その後方から殺到した2名の兵士に翅のある胴と肢をぶった斬られ、

動けなくなった所をさらに2名を加えた戦斧の乱舞で木端微塵にされた。


死神虫の奇襲をかわし死線を抜けた斬り込み隊は

次々と背後を顧みず東へと抜けていき、ウラニアを含む計19名が

荒野の闇へと消えていった。12名の兵の首を落とした死神虫は

散乱する胴を手に入れるため追撃を放棄し食卓へと向かったが、



「アクタイオン隊、掛かれぃィッ!!」



との大音声と共に、南西から長剣を腰だめに構えた

20数名の兵士の群れが突っ込んできたため、

大慌てで迎撃態勢を取ろうとした。

ウラニア隊と同様に、闇に紛れて潜んでいた

第二戦隊西方第二陣、アクタイオン小隊が隊長に負けじと

大声で雄叫びを上げ、剣を連ねて楔陣形で猛然と北東へ切り進み、

死神虫3体に死を与えた。さらに


「我が剣を喰らえぃっ!!」


と吠える城砦騎士アクタイオンが必殺剣「紫煙」の連撃を繰り出し

風車の如くに旋回する白銀色の大剣が次々に縦長を斬り飛ばし、


「このセメレーの剣、とくと味わえっ!!」


と吠えるアクタイオンの娘セメレーが必殺剣「紫電」を放ち、

降ってきた残骸を宙に舞うまま粉砕していった。

縦長や死神虫はこの急襲に対し十分な対応が出来ず

何名かの兵士を討ち取りつつも手をこまねいていた。と、そこに



「野郎共! 獲物を取りこぼすんじゃねぇぞっ!!」


と吠える剃髪黒衣の甲冑武者、第二戦隊副長にして

城砦騎士ファーレンハイトの率いる強襲部隊30名が

南東から出現し、大太刀を振りかざし重棍を振り回しながら

狼狽うろたえる死神虫の群れに突っ込んで鬼気迫る中央突破を敢行し、


「ヴァンクイン推参! 者ども気勢を上げよ!」


と東より現れた歴戦の武人、城砦騎士ヴァンクイン率いる一隊が

混沌の極みにある敵陣にさらなる死を振り撒き西へと抜けた。



宴の開始から今の今に至るまで、

第二戦隊の各隊は敵主力部隊のみに狙いを定め

ひたすら闇に潜み、これを包囲する形で忍び寄っていたのだった。

第二戦隊の4つの小隊は阿吽の呼吸で四方八方から次々に

敵陣を斬り抜け、兵を減らしつつ敵を討ち、ついには殲滅した。

こうして野戦陣の南方、座標7-12には

兵と眷属の屍が累々と積み上げられることとなった。


西側野戦陣の内部でも戦闘の決着がついていた。

守備隊が犠牲を出しつつも善戦し後退する一方、

敵主力に二戦隊が取り付いたのを見て取った

第一戦隊精兵隊が密集陣形のまま地響きを立てて突撃し、

大口手足を1体残らず盾で飛ばし槍で払って火の海に沈めたのだ。


合図の火矢を嚆矢として発生したこの大規模な連続戦闘によって

魔軍主力混成部隊300弱の眷属は八割方死滅し、周辺へと

散開して進んでいた残存の数十体は後方へと撤退した。

魔軍は壊滅的な損害を受け、残る眷属は200に満たず、

自軍の損害も少なくないものの、城砦側は圧倒的優位に立ったと言えた。

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