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サイアスの千日物語  作者: Iz
第二楽章 魔よ、人の世の絶望よ
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サイアスの千日物語 四十五日目 その十二

「んー? どしたのシラクサ。

 判りやすい表情して」


玻璃の珠や壁面、天井の映像によって、様々の色合に

照らし出される、全体としては未明の仄暗さをした指令室。

玻璃の珠に手をかざし、壁面の映像から情報を読み取っていた

フェルマータが、近くの席のシラクサに愉快げに声を投げかけた。

判りやすい表情だと評されたシラクサは

判っているなら聞くなとばかりに顔をしかめた。


「どうかしたのかい、シラクサ」


様子に気付いたセラエノが早速その様に問うた。

斜めに落ちる天井に映し出された西側野戦陣では一時的に

戦闘が休止し睨みあいとなっており、戦況を分析する軍師らの

抑揚の無い声が、そう広くはない指令室に時折訥々と響いていた。


「いえ、別に……」


シラクサは抑揚なく短い念話で答えたが、


「こらこら、うら若き乙女の悩みを

 ほっとくわけにはいかないだろう?

 さぁ語れ!」


とセラエノは催促してみせた。

その顔には暇潰ししたいとの意図が判りやすく表われていた。

司令席で腕組みしつつ深く腰掛けていたチェルニーは

うら若き乙女の悩みと聞いてガバリと身を乗り出し、

供回りの咳払いを受けて慌てて元の姿勢に戻った。


「……ブーク閣下が合図を出されないようですが」


お困り様たちの様子をジト目で見据えた後、

シラクサが念話でそのように呟いた。

玻璃の珠に触れたままであるために、

指令室全体から集中した魔力によってその呟きは拡散され、

室内の全ての者のもとにはっきりと届いた。


「あぁ、そうだねえ。

 まぁ暫く待ってれば撃つんじゃない?」


セラエノは至極投げやりにそう言った。


「うむ。その辺りは現場の裁量だ。

 委ねたあとで上がゴチャゴチャと言うのは悪手だ。

『嫌いな上司ランキング』入り確実だぞ」


チェルニーもまたしれっとそう述べた。


「……世評を気にされる方だったんですね」


サイアスはさりげなく毒を吐いた。


「当然だ。『愛されユルふわ騎士団長』として

 日々精進を怠ってはおらん」


しかしチェルニーには効かなかった。


「まぁ居酒屋のおやじは放っておくとして……

 サイアスにも何か不服がありそうだねぇ」


早速キレてバウバウと吠える騎士団長を無視して、

セラエノはサイアスに視線を向けた。


「君もブーク閣下の行動が気になるのかい?」


「まさか。ここの上の方は皆、

 腹に一物も二物も抱え込んでいらっしゃいます。

 今回も、何か企みあってのことでしょうから」


サイアスは肩を竦めてそう言った。


「おぃサイアス。お前、自分が

『ここの上の方』に含まれるのを理解してるのか」


吠えるのにあっさり飽きたチェルニーは

胡乱な表情でサイアスを見た。


「私? フフ、御冗談を。

 そもそも私は表裏の無い清廉潔白さがウリです」


サイアスは笑顔でそう答えた。


「うん。その神をも畏れぬ自己分析と棚上げ振り、

 君確実に『ここの上の方』だね。

 それはいいとして、何が気になるんだい」


セラエノは感慨深く頷いてサイアスに問うた。

サイアスは一向に意に介さず思う所を語った。



「はい。二点あります。

 一点目は敵が逐次投入を繰り返しているように

 見える点です。数でも戦力でも勝っているなら

 策を弄さず総攻撃であっさりカタが付きそうなものなのに。


 二点目は城砦側が火に拘っているように見える点です。

 眷属が火に弱いことは承知していますが、

 どうもそれだけでは無いような…… 

 先の縦長の処理についてもそうですが、

 常に敵の屍を焼くことを優先しているように感じます」


サイアスが軍師のように中立的で分析的な見解を述べる様を

チェルニーは横目で見ながら感心していた。

それを見てセラエノは何故かイラっとしていた。


「おぉ、腐っても鯛だな。

 見るべきところはしっかり見ている」


「誰がタイアスだおっさんいい加減にしろ」


「うるせぇ手羽先塩振って食うぞ」


チェルニーとセラエノは早速喚きだした。


「さっさと偉くなってどっちもシメてやろう……」


サイアスはその様に心の声を口に出し、


「!!?」


とお困り様二人が固まった。



「サイアス。いちいち駄々っ子どもに構わんでいい。

 構えば際限なくつけあがるぞ」


「はぁ、確かに」


セラエノの首ねっこをむんずと掴むヴァディスから

その様に諭され、サイアスは特に拘らず納得した。

チェルニーはジロリとヴァディスを睨んだが、

王妃宛の書状を取り出されて即座に明後日の方を向いた。

三大国家の一つフェルモリアの王家の出であるチェルニーは

同じく三大国家の一つカエリアの王家の遠縁であるヴァディスを

どうやら苦手としているようだった。


「ほら参謀長、説明して良いとこ見せたらどうです。

 尊敬して貰えるかもしれませんよ」


ヴァディスは摘まんだセラエノをぽいと放して促した。


「えー?

 とっくに尊敬されまくってると思うけどー。

 っと、まぁいいか」


セラエノもまた、「ここの上の方」であった。


「サイアス。君の疑問はどちらも同じ事象に起因している。

 その事象への対処として、両軍が動いているということさ。

 敵が戦力を逐次投入するのは一つ所に死体を積むため。

 こちらが火計に固執するのは一つ所の死体を減らすため。

 表面的にはこんなところだね。事象の正体は遠からず判る。

 実際に確認しながら説明することにしよう」


セラエノはそう言って振り返り

斜面となった天井に大きく映し出されている

西側野戦陣の様子に目をやった。

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