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サイアスの千日物語  作者: Iz
第二楽章 魔よ、人の世の絶望よ
375/1317

サイアスの千日物語 四十五日目 その十

深夜2時過ぎ。

闇の波間を縫うようにして、魔軍が再び動きを見せた。

既に半数近い300強を損耗している事から見て、

今夜最後の大規模侵攻になると思われた。


狙いは徹底して左翼左側の間隙たる座標6-12であり、

消えゆく炎を目印として複数種の眷属による

主力混成部隊が侵攻を開始した。その数300弱。

戦力指数での累計にして1500近い破滅的な規模であった。

これだけの軍勢が平原に殺到した場合、西方諸国は漏れなく灰燼に帰し、

3大国家といえど半壊程度では済まないだろう。

文明圏はは再び浸食され衰退し、仮に撃退できたとしても

暗黒時代を経て今の水準に至るには100年単位での長い時間が必要になる。

何としてでもここで食い止めねばならなかった。



「シベリウス卿。座標7-12より敵の軍勢が北進中とのこと。

 先刻とは異なって陣形の整った、混成部隊であろうとの報告です」


東側野戦陣からの増員による大規模化に伴い

先刻の位置からさらに40歩程下がった、座標6-12の中程。

大隊規模となった守備隊を指揮する城砦騎士シベリウスの下へと

城砦から出張ってきた軍師がその様に告げた。


「ふむ。どの程度見えている」


シベリウスは遠ざかった南方の炎の揺らめきと

その奥に広がる無辺の闇を睨みつつ軍師に問うた。

シベリウスの目には敵影が見えてはいなかったが、

戦場特有の熱を帯びた大気が再び南方から迫るのを感じていた。


「総数は不明ですが縦長の横列を大口手足が

 前衛として守る形で錐行陣を形成している模様。

 錐の尖端は座標6-12の炎を目指しているようです」


「死神虫もどこかしらにはいるのだろうな」


「おそらくは。

 もっとも、縦へと突出せぬ限り

 当守備隊と遭遇する可能性は低いでしょう」


軍師はシベリウスの問いに淀みなく応えた。


「ふむ。

 当座は大口手足を防ぎつつ、頭上から降ってくる縦長の相手か。

 高さのある障害物や防柵に寄り添う形で迎撃するしかあるまいな。

 罠の方はどうか」


「敵前衛が座標6-12へと侵入した後、

 当方と交戦状態に入った時点で。

 ブーク閣下の照準射撃が合図となります」


軍師はシベリウスに上層部の命を伝達し補足の説明を行った。

但し彼我の戦力差には言及せず、

シベリウスもそれを問うことはなかった。


「よし。ご苦労だった。

 退路の確認を取りつつ城砦へと帰投してくれ」


「ハッ。ご武運を!」


軍師は頷くシベリウスに敬礼し、

周辺状況の確認を取りつつ城門へと引き揚げていった。

ローブ姿が闇に呑まれて見えなくなった後、シベリウスは


「兵士長を集めよ」


と命を発した。程なくして

西側野戦陣守備大隊に所属する兵士長らが集まった。


「諸君。戦の本尊、撤退戦だ。

 我らの真骨頂を示す時がきた。

 訓練の成果、いかんなく発揮して貰いたい。

 勿論我らの目的は、徹頭徹尾防衛にある。

 地形や障害物を利し、敵の侵攻を可能な限り食い止めて

 時間を稼ぎ、その上で見事城門まで撤退してみせよ。

 

 前衛6名、後衛3名の9名をもって1小隊とし、

 諸君らにそれぞれの隊を率いて貰う。

 前衛は大盾と手槍を以て密集陣を形成し大口手足を食い止めよ。

 後衛は長槍で前衛を補助しつつ、縦長の奇襲に備えておけ。

 常に守備に専念せよ。盾で潰し、槍で流し、そして鎧で弾くのだ。

 攻撃は私や他の部隊に任せておけばよい。

 

 横方向の軸線を意識し、防衛線から突出せぬよう注意せよ。

 味方が下がったと見えたら無理せず自隊も下げてよい。

 最終的な防衛は城砦の防壁が担う。

 敵を引き付け罠に陥れつつ、この大任を完遂せよ」


「応!!!」


敬礼と共に一声叫び、兵士長らは兵士の下へと散っていった。

そしてシベリウスの下には僅かに5名が残った。

そのうち2名は先の門状の間隙で生き残った兵士と兵士長であった。


「お前たちには我が供回りを命ずる。

 このシベリウスと共に同胞を喰らう悪鬼共を駆逐せよ」


「御意ッ!!」


5名は闘志をみなぎらせ敬礼した。

皆一様に不敵な面構えをしていたが、特に先の戦闘で死線を越えた2名は

この短期間で膨大な戦闘経験を得て、見違える程の貫禄を見せていた。

これは間隙を人の壁で埋める戦術の隠された目的の一つでもあった。

民であれ兵であれ、常人は強大な異形の存在たる眷属の前では無力である。

ゆえに実際に荒野で眷属と戦い、生きぬいた者のみが常人を超え城砦兵士となる。

さらに同様に、屍山血河の防衛線を経てなお生き抜いた猛者のみが

第一戦隊精兵隊の隊士となる資格を得るのであった。

強者となるには強者でなくてはならないという、

ある種逆説的な矛盾した命題を果たすためのふるいとしての

意味合いもまた、人の壁には含まれていたのだ。



南方から、真綿が圧し掛かってくるような不快な空気が流れてきた。

倒れた鉄塔を乗り越え、燻る炎を踏み越えて、

多量の大口手足が野戦陣内部へと侵入してきた。

敵の群れはワシャワシャと耳障りな音を立て、

真っ直ぐに守備大隊の人の壁を目掛けて殺到してくる。

兵士らの多くはその壮観に言い知れぬ恐怖を覚え委縮し始めた。



「雄叫びを上げよ! 気迫を見せよ!

 我らこそ人類の盾である!」



手にした槍でドン、と地を突き、

シベリウスが大音声でそう叫んだ。


「応ッ!!!」


兵士らは憑りつかれつつあった魔性の呪縛に打ち勝って、

再び戦意を取り戻した。こうして敵の第四波との戦闘が始まった。

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