サイアスの千日物語 四十五日目 その九
深夜一時半ば過ぎ。
西側野戦陣の左端の間隙を襲った敵の猛攻は一時的に鳴りを潜め、
重厚な闇の帳とそれに抗う炎の波が人と魔の軍勢を隔てていた。
その頃本城中央の司令塔上層指令室では軍師衆による
戦況の分析が行われていた。
「先の敵第三波による当方の損耗は死者12重態3、計15名です。
西側野戦陣守備中隊の現員数は中央からの精兵隊増援により
充当されていますが、彼らの本来の持ち場である
座標6-15南方の火勢は衰えており、
遠からず元の闇に戻るでしょう。
現状の防衛線全体における員数配分は概ね
東70中央50西55となっております。
再調整等行いますか?」
参謀長セラエノは軍師らの報告と天井や壁面に投影された
戦域図や各所の映像等を確認した後、騎士団長チェルニーに問いかけた。
「東からの羽牙の編隊はどうなった?
もうカタが付いたのか?」
「座標6-12への侵攻が休止した時点で撤退したようです」
「囮か。つまり全ては西端の間隙を狙う陽動だったわけだ。
洒落た用兵だな。こっちには打てん手だ」
チェルニーはそう言って苦笑した。
理論上最良であっても実際に打つのが困難な手は多い。
城砦としては、囮や捨て駒を多用する戦術は
少なくとも現段階では用いることができなかった。
これは人道的見地がどうとかいう問題ではない。
そんなものは敵地に陸の孤島として城砦を築き
非戦闘員を含めると2000名近い員数を容れて
囮や餌としている時点で論外である。
そこから一歩進めて、餌であり囮であり続けるためには、
つまり夜が明け宴が終わっても陸の孤島を恒久的に
維持していくためには、限られた物資を最大限に活かして
次の補給まで凌ぎ続ける必要があるという戦略的な事由によった。
一方の魔軍にとっては、仮に眷属が全滅したとて
闇の月が続く限りは荒野の方々から眷属が集い、
魔が顕現する限りは軍勢となって城砦へと押し寄せる。
魔にとって眷属とは勝手に湧いてでる湯水のようなもので、
ゆえに気軽な死兵の運用が可能であったのだ。
「……まぁいい。
それで東側野戦陣の様子はどうだ」
「現状目立った動きはないようです。
未だ戦端は開かれておりません」
チェルニーの問いにセラエノが返した。
「……確かマナサが10-19で暴れたのだったな」
チェルニーは思案気にそう言った。
「そうですね。敵がこちらの東方からの奇襲を
警戒している可能性はあります」
「ふむ。その線だろうな。
闇中で視界の確保が十分ではない以上
連中もそれなりに備えているわけだ。であれば」
チェルニーは顎に手をやり暫し黙考し
「よし。
東側野戦陣の守備隊は指揮官の騎士のみ現地に残し、
全ての兵を西側野戦陣へ向かわせろ。
東の備えは中央からの精兵隊20名及び
防壁上の弓兵に委ね、残った騎士に統率させろ。
また西側野戦陣で守備中隊の合流が済み次第、
そちらの精兵隊を中央へ戻せ。
これにて兵の配分を東20中央75西85とする」
「東は質、西は数で勝負するということですか?」
セラエノは確認を兼ねてそう問うた。
「そんなところだ。
それと本城中層南西と外郭南西兵溜まりの
攻城兵器部隊に指示を出せ。同期連動させて火竜を投射する。
照準は座標6-12南端。投射合図はブークに委ねる。
シベリウスにもそのように伝えろ」
チェルニーは涼しい表情でそう命じた。
「あぁもう焼きますか。
そうですね。夏場ですし宜しいでしょう」
セラエノは二、三度軽く頷き賛意を示した。
「うむ。薪をくべる支度もさせておけよ」
「了解しました。午前2時には委細整うことでしょう」
「良かろう」
チェルニーは卓に片肘を付き、手で顎を支えて不敵に笑んだ。




