サイアスの千日物語 四十五日目 その八
増援の兵士たちは声にならない悲鳴をあげ、
門状の間隙でニタリと笑う大型眷属「縦長」を見た。
縦長は戦力指数16を誇る長大な百足に似た眷属であり、
他の眷属に似て顔だけは歪んだ人の様相をしていた。
主力部隊の大口手足が我先に敵陣へと攻めかかる中、
縦長は突出することなく、部隊の中央で様子を窺っていた。
縦長の出番は専ら防壁へと迫ってからであり、
その長大な図体を梯子代わりにして自身や他の眷属を
防壁上へと侵入させるのをその役目としていた。
宴かその間近にしか現れないと言われる縦長であったが
やはり眷属の御多分に漏れず、その目的は殺戮と捕食であった。
そしてこの縦長は大口手足がたたらを踏んで引き揚げだした
その前方に手頃な餌食が居るのを見つけ、まずは潰して確保せんと
その足と節に満ちた巨躯を鉄塔の狭間へと打ち下ろしたのだった。
縦長は餌食の潰れる確かな手応えを感じ、ニタリと笑った。
そしてその表情は血飛沫を上げてグシャリと潰れた。
突如頭上から降ってきた人影が脳天から顎下まで
一気に槍で刺し貫いたのだった。
「ッッ!! シブ様ッ!!」
増援の兵士らはあるいは驚愕に目を見開き、
あるいは興奮に肩震わせ、まるで悲鳴のように
声高に、掛け替えのないその名を呼んだ。
グシャリと潰れた縦長の顔の前には「鉄人シブ」こと
第一戦隊精兵隊長である城砦騎士シベリウスが立っていた。
「シブ様!」
「まだだ。まだ終わっていない。
左右の鉄塔を倒せ。縦長を圧潰させるのだ」
「は、ハッ!!」
シベリウスは掠り傷一つなくピンピンしていた。
そしていささかも動じぬ態度で命を下した。
増援の兵士らは弾かれたように左右の鉄塔へと向かい、
縦長目掛けて倒すべく、支柱の金具を外し始めた。
鉄塔は倒壊させて火計等に用いる事を前提として、
櫓の足や支柱それぞれに倒壊の起点となる金具が
取り付けられており、兵士らは剣や槍の柄でそれらを叩き始めた。
既に両の鉄塔にはそれぞれ1名が取り付いていた。
左の鉄塔では最左翼で守備隊の指揮を取っていた兵士長が。
もう一方の鉄塔では仲間に門内へと担ぎ込まれた
敵襲第一発見者の若手兵士が金具を剣の柄で殴り付けていた。
「すぐに火が回る。布陣を一列下げるぞ」
「了解!」
縦長はまだ完全に死に絶えてはいなかったが、
鉄塔が音を立てて倒壊し、そのまま身動きがとれなくなった。
さらに周辺に撒かれていた油に鉄塔上部の篝火の炎が引火して
火の手があがり、シベリウスと兵たちは20歩程北へと後退し、
付近の障害物や防柵を利して新たな防衛線を構築した。
野戦陣は元々城砦まで後退していくことを前提として構築されていた。
そのため炎を盾として速やかに新たな守備陣形が整えられ、
さらなる敵襲に備えることとなった。
「しかし隊長、よくぞご無事で……」
ようやくひと心地ついたところで、
増援としてやってきた精兵隊の一人がそのように声を掛けた。
「伊達に鉄人と呼ばれてはいない。
助け出せたのは一人だが、少なくとも私は
率いるべき兵を置いて死んだりせんよ。
……とはいえ」
「……?」
「小柄に生まれ育ったことを感謝したのは今日が初めてだ。
もしもその事に意味があるのなら、
私にはまだ担うべき役割が残されているのだろうな」
シベリウスは顔色一つ変えずにそう言った。
城砦本城中央塔上層部、指令室。
斜面となった天井に映し出された一連の映像を
眺めていたセラエノは、呆れたように声を発した。
「わけが判らない……
シブちんシブとくね?
なんで生きてんの?」
生存が確認できたせいか随分酷い言いぐさではあるが
その場の軍師の大半は同様の見解であったらしく、
後方の司令席で目を細めるチェルニーを見やった。
「フン……
軍師の目も万能ではないようだな。
サイアスよ、お前には見えていたか?」
軍師の目は当然ながら動体視力などではないのだが、
チェルニーは狐につままれたような表情の軍師らに
ドヤ顔を見せつつ隣席のサイアスに声を掛けた。
軍師やチェルニーの供回りの視線が一斉にサイアスに集中した。
「はい。シベリウス卿はかなり早い段階で
回避行動に入っていましたね」
やたら修羅場慣れしているサイアスはそう言うと、
胡乱な顔で自身を見やる軍師衆らに解説を始めた。
「鉄塔の狭間で密集陣形を組んでいた6名のうち、
最右翼のシベリウス卿のみ
槍を『寝かせて』敵へと振るい、
残り5名は自身の体側に引き付けて
槍を『立てた』状態にしていました。
そして立てた5本の槍の穂先は、
6名の身長よりも胴一つ分は高い位置にあったのです」
「成程なぁ」
セラエノは得心がいったらしく、
腕組みしつつ頷いていた。
「ちょっと! 参謀長ずるいですよ!
サイアスさん続きを、続きをー」
フェルマータはサイアスにせっついた。
「……おそらくは縦長の左右に張り出た無数の肢が
鉄塔をこすって音でも立てたのでしょう。
その時点でシベリウス卿は奇襲に気付き、
隣の兵士の襟首を掴んで引きずりつつ
櫓状である鉄塔の足の間に逃げ込みました。
続けて自身は右側へくぐり抜け、槍を手にしたまま
するすると鉄塔をよじ登っていきました。
やや遅れて密集陣の最左翼、おそらくは指揮官の方も
状況に気付き、左方の鉄塔の下へと潜り込みました。
5本の槍が縦長に刺さり、縦長が強引にそれをへし折って
落ちてくるまでに完全に脱出できたのはこの3名のみです。
残りの方は残念なことに逃げそこなったようですが、
そもそも縦長の奇襲は捕食の予備動作であり、
喰らう部分が残るよう縦長なりに手加減したものであって
完全にすり潰す意図はなく、下敷きとなった兵士も
辛うじて一命を取り留めている可能性はありますね」
「た、大変だ。
ルジヌ聞こえるか! シベリウス殿に矢文!
縦長の下から兵士を引きずりだせと伝えるんだ」
「こちらルジヌ了解」
セラエノが間髪入れず指示を飛ばし、
速やかにシベリウスの下へと命が届けられた。
そして血相を変えた兵士たちが燃え盛る縦長の死体を
押しのけて、下敷きとなった兵士らを確認した。
3名とも甲冑がひしゃげ打撲と出血で瀕死の重傷ながらも息があり、
救援の兵士たちは歓喜の声をあげ励ましつつ引きずりだして後送した。
第一戦隊兵士特有の頑健さと祈祷師衆の迅速な再生治療があれば、
いつかは死地を超えた勇士として、再び戦列に復帰できる
であろうと思われた。
座標6-12を守備した最後のファランクスは、
こうして任務を全うし、まがりなりにも生還を果たしたのであった。




