サイアスの千日物語 四十五日目 その七
シベリウスは第一戦隊の精兵隊の長を務める城砦騎士だ。
今回の宴初夜の布陣においては第一戦隊の長である
オッピドゥス・マグナラウタスその人が精兵隊100名を
自ら率いて肝心要の地である城門正面の南方
座標6-15の防備に当たるため、精兵隊長たる
シベリウス当人は隊から離れ、西側野戦陣を守備する
別働の中隊50名の指揮を任されていたのだった。
シベリウスはカエリア王国北東部のユミル平原出身であり、
オッピドゥスやインクス、マレアらと同郷の出であった。
ただし巨人の末裔にしてはかなり小柄であり、その実
一般人にしては大柄な第一戦隊副長セルシウスと大差ない
程度の背丈だった。とはいえ膂力や体力は抜群であり、
何より決して折れぬ屈強な精神力を持っていた。
謹厳実直で表裏が無く、いかに困難な戦況においても
下命を死守し配下を鼓舞して任務を達成することから
「鉄人シブ」の異名で呼ばれ、戦隊の上下内外を問わず
絶大な信頼と敬意を受けていたのだった。
15名中10名までを敵に貪り食われ瓦解寸前となっていた
座標6-12の守備隊は、シベリウスの救援により
辛うじてその命脈を保つことができた。
戦力指数にして1から3といった手頃な御馳走である兵士らを
食い散らかしていた大口手足の群れは、自身の戦力指数6を
倍にしても届かぬ天敵とも言える城砦騎士を前にして
文字通りの意味で攻め手を失った。
シベリウスは鉄塔に挟まれた門状の間隙を密集陣で塞ぎ、
攻め寄せる敵を6枚の盾で弾き返した。そして弾きざまに
最小の動きを以て槍撃を合わせ、味方を攫おうと伸びてくる
大口手足の肢を次々に貫き払い切り落としていったのだ。
程なくして門前には攻め手たる肢と醜悪な毛達磨が散乱し、
敵主力部隊後続の侵攻を妨げ共食いの餌食ともなっていた。
結果大口手足の猛攻は徐々にその鳴りを潜め、
打ち寄せた荒波が沖へと引き上げていく有様に似て
状況は暫時の小康状態を迎えつつあった。
さらに座標6-13で敵への対処を終え再配分の済んだ
余剰兵力が援軍となって迫ってきたため、ようやく
この座標6-12にも戦況の目処が付き、果敢に戦い
生き延びた兵士らの表情に安堵の色が浮かびだしていた。
シベリウスは戦況に対し微塵の油断も見せはしなかったが、
当座の危機は凌げたものと考え、西側野戦陣全体を預かる
指揮官として次なる戦況の構築に思考を向け始めていた。
もしもシベリウスがこの座標6-12において
最初に敵を発見した歩哨の報告を聞いていたら。
もしもこの座標6-12の門状の間隙に屋根があったなら。
結果は自ずと変わっていたかも知れない。
しかしシベリウスは歩哨の叫びを聞いてはおらず、
また鉄塔に挟まれたこの門状の間隙に屋根はなかった。
そして惨劇が訪れた。
鉄塔の篝火が僅かに照らす薄闇の中
ようやく死地から解放されつつあった
兵士5名と城砦騎士シベリウスの頭上から
鉄塔の挟間を埋め尽くすように轟然と闇が降ってきた。
金属的な擦過音と衝突音、そして生々しい音が響いた。
現場まであと少しという所まで迫っていた
増援小隊の兵士15名が目にしたもの、それは
門状の間隙で蠢く大型眷属「縦長」のニタリと笑った顔だった。




