サイアスの千日物語 四十五日目 その三
巨人の末裔たるその巨躯に人智の粋を尽くした甲冑を纏い、
手にした両の盾を当代一の技量を以て堅実無比に操作して、
オッピドゥスはできあがりを完封していた。
しかもそれだけでなく、盾を手の延長と見做して振るう
盾格闘とでも呼ぶべき比類なき戦闘技能によって
隙を的確に突いて打撃を重ねていった。
できあがりは技能値7の加撃による奥義・猛虎硬爬山を
喰らってなお、飽くなき闘争心を以てオッピドゥスへと
拳を振り上げたが、戦闘の高揚で痛覚が麻痺していたのか、
これまで気づかなかった自身の手の異変に漸く気付いた。
できあがりの両の手は、手首からぐにゃりと折れ曲がり、
地へと向かって垂れ下っていたのだ。
オッピドゥスは自身を襲う巨腕の打撃を
全て相手の手首を弾くことで受け流していた。
これは防御であると同時に攻撃でもあったのだ。
迫り来る攻撃の進行方向に対し垂直方向に力を加えると、
攻撃の向きを容易に変じさせ、自身から外すことができる。
かつてサイアスがグラドゥスから学び、後に
第一戦隊教導隊と共にオッピドゥスから受講した化頸の用例だ。
オッピドゥスはこれを攻撃部位の内もっとも先端に近い脆い部分、
即ち可動性を持つがゆえに強度の劣る手首を狙って行うことで
敵からの力を明後日の方向へと逃がしつつ、着々と手首へと
ダメージを累積させていったのだった。
できあがりの両の手はいまや繋がっているのがやっとといった
状態に見え、少なくともまともな打撃の放てる状態にはなかった。
できあがりの失策は、攻防一体の盾使いオッピドゥスに
接近戦を挑んだその一点に集約されるといえた。
そしてそこに気付いたできあがりは、距離を取った戦いに
切り替えるべく、両腕を振り上げオッピドゥスに猛然と突進した。
「……?」
できあがりが離れるものと踏んでいたオッピドゥスは虚を突かれ、
手首狙いができず盾を上げて防備を固めるのが精々だった。
そしてオッピドゥスが正面に出して固めた盾に対し、
できあがりは砲弾のごとくに全体重を乗せた飛び蹴りを放ち、
オッピドゥスの巨躯を盾ごと後方へと吹き飛ばした。
まともに受けたオッピドゥスは衝撃に硬直し姿勢を保つのが
精いっぱいであり、一方のできあがりは盾を踏み台として
後方へ大きく飛び退きそのまま飛翔した。
後方へ逃れるための前方への突進。
跳躍と飛翔のための飛び蹴り。
相手の意表を突く華麗なフェイントを決めたできあがりは
瞬く間に飛び離れ、南に拡がる火計跡の低空で
炎の残滓を吸い込み集めていた。
それは大型眷属が得意とするブレスの予備動作であった。
ブレスとは呼気を武器として行う戦技だ。
武器として運用し得る程のブレスには膨大な肺活量が必須であり、
そのためには体積の大きさ、すなわち巨躯が必須であった。
またブレスには体内で生成した毒性や可燃性の高い
気体や液体を噴出する内因型と、周辺環境から水や油などを
吸い上げて利用する外因型とがあった。
できあがりのブレスは典型的な外因型のそれであり、
遭遇時に吐き付け精兵らを焼いたブレスが実は
第一戦隊の火計によってもたらされた火の海を逆手に取った
ものであったことは、火計を仕掛けたオッピドゥスらにとっては
皮肉なことであった。
ともあれできあがりは巨躯とその肺活量を最大限に活かして
未だ周囲の大地を明るく焼き上げる火計の残り火を吸引し、
全身を膨らませつつオッピドゥスへと狙いを定めた。
ブレスに対する有用な対処は、第一に吐かせないこと。
次いで避けきることだが、跳躍・飛翔で十分な距離を取られた時点で
止めることは難しく、なおかつ回避も困難な状況に追い込まれていた。
なぜならオッピドゥスの背後には、40弱の部下が控えていたからだ。
オッピドゥスが避ければ確実に部下が死ぬ。避けずに防げば
部下は助かるが、自身が耐えきれるかは判らない。
そうした精神的な二択の躊躇をもたらすことで、
できあがりはオッピドゥスの身動きを封じてのけたのだった。
「こういう幕切れも悪くはあるまい」
部下をかばって死ぬという意味であろうか。
オッピドゥスは不動を保ち、斜め上方で灼熱のブレスを吐かんとする
できあがりを睨みつけた。人語を解さぬできあがりにそのセリフは
有意を成さず、精々負け犬の遠吠え程度に聞こえたであろうか。
ドシュンッ!
次の刹那、身を貫く衝撃に驚き自身を見下ろす
できあがりの胸部には、人の頭程の大穴が穿たれていた。
呆気に取られる最中さらに腹部、両の翼へと
次々に飛来する閃雷の如き矢の群れが突き立ち貫き、
噴射する筈のブレスを大穴から鮮血と共に漏らして
自身の外皮を焼きながら、できあがりは地に堕ちた。
そして未だ十分な火勢のある火計の地で、
できそこないたちの屍の上に臥し暫しもがいたすえ、
やがて燃えるに任せて動かなくなった。
十二分に残心を取った後、
オッピドゥスは背後に振り返り面頬を上げニヤリと笑った。
湧き上がる部下たちの歓声の中、オッピドゥスは後方に鎮座する
城砦の本城上方、到底肉眼で視認できぬ距離の闇の向こうで
ブークと第三戦隊の神箙手たちが頷いているのを感じていた。




