サイアスの千日物語 四十五日目 その二
実力の拮抗する両者の対決は、見掛け上は一方的な
展開を迎えていた。闘争本能そのままに次々に猛攻を
見せるできあがりに対し、決して退かぬものの自主的には
攻撃を仕掛けず、守備に徹するオッピドゥス。傍目には
圧倒的にできあがりの優勢であり、遠からず必殺の一撃が
炸裂し、歩く城砦の如きオッピドゥスは陥落するかに見えた。
しかしこれは両者の流儀と戦闘目的の違いから
くるものであり、それ以外の何物でもなかった。
眷属上位種であるできあがりの目的は
本能のままに破壊し殺戮し蹂躙し喰らうこと。
できあがりにとってオッピドゥスは食いでのある餌であり、
最終的に捕食するという目的を持っていた。
そのため本能のままに攻めまくるといえど、
攻撃法や部位にはある程度の指向性があった。
できあがりの攻撃が最も集中したのは
生物が敵対者に対し本能的に攻撃を行うと言われる頭部。
次いで四肢への側面攻撃であった。猛攻は一撃で終わらず
巨腕を二度から三度まで連続で振るい、また蹴りや尾撃に
繋げることもあったが、頭部への攻撃は完全に見切られて躱され、
四肢への攻撃は分厚い装甲と両の盾の為正面は完全に防備され、
側面へ大振りに仕掛けざるを得ない状況となっていた。
一方のオッピドゥスは戦闘目的が防衛であり、
敵を倒すことは二義的な目標に過ぎなかった。
城砦での戦闘任務において敵撃破は別報酬となっているように、
城砦側にとり戦闘はあくまで頻回に用いる手段の一つに過ぎず、
戦略・戦術目標を達成することが常に最重要とされていた。
オッピドゥスとしては守備に徹し敵の侵攻を阻止すれば
それで目的を果たせることになり、そのために
いかなる隙をも生まぬよう徹底して専守の構えを取っていたのだ。
できあがりによる視界の端もしくは外からの四肢を狙う攻撃は
確かに有効な一手ではあったが、鎧や衣を纏わぬ眷属の挙動は
視線や筋肉の動きで十二分に読めるため、守備のみに専念するなら
同格のオッピドゥスにとって防ぎきることは困難ではなかった。
またオッピドゥスの持つ両の盾は受け止めた打撃の威力を半減し、
さらに纏う甲冑は閾値以下の攻撃を無効化する。クリティカルな
打撃でもない限り鎧の中身に攻撃は通らず、仮に通ったとしても
硬気功によって威力を激減させる。持てる戦力の全てを守備に
特化させたオッピドゥスは魔の一撃すら耐え抜くと言われており、
それゆえに「城砦その人」や「歩く通行止め」との異名があった。
もっともどの様に優れた装備を持ち、身的能力を有していても
装備はいつか必ず破壊され、無尽蔵と見えた体力も
いつかは必ず尽きてしまう。
オッピドゥスとてそれは百も承知であり、
何より部下を殺したできあがりを生かして帰す気などなかった。
そのため守備固めをする中で、じわりじわりと敵の力を削りとり、
来るべきその時に備え、虎視眈々と備えていたのだった。
既に何度目か判らぬほどのできあがりによる猛攻が
オッピドゥスを襲った。ボッと空間を破るように左の巨腕が迫り
首から上を吹き飛ばさんとした。オッピドゥスは鉤爪の震えまでも
完全に見切ってこれを躱し、躱しざまに右手の専用盾メーニアの縁で
したたかに手首をかち上げた。できあがりは上方へと流れる上体を
むしろ利して反動で覆いかぶさるようにして、右の巨腕を鉄槌の如く
袈裟に撃ちおろし、オッピドゥスの左肩口を圧潰させようとした。
これに対しオッピドゥスは半歩右へとずれつつ左のメーニアを
半円を描く様に旋回させ、盾の縁で轟然と飛来する右腕の手首を
斬るように弾いた。徒手格闘の回し受けの如き動きであった。
できあがりは二撃の不首尾をものともせず、流れるような動きで
そのまま巨躯の重量を乗せた右足でとび膝蹴りを放ち、
勢いを殺すべくオッピドゥスは右半身となって
左のメーニアで受け流し、飛び出したオッピドゥスの右半身を狙い
浮いた巨躯を右旋回させつつできあがりの尾撃が飛んできた。
おぞましくも美しい連撃を締めくくる遠心力を活かした薙ぎ払いは
しかし、オッピドゥスが自らの巨躯を前方へと押し出して
できあがりと密着することで勢いを殺され不発に終わり、さらに
オッピドゥスは右のメーニアをできあがりの脇腹にあてがい
密着状態から裂帛の気合と雷鳴のごとき震脚もろともに撃ち出した。
大地を揺るがし大気を斬り裂いて、オッピドゥスは盾を通し発勁した。
徒手格闘の奥義の一つ、猛虎硬爬山なる大技であった。
ドオォオオンッッ!!
爆発音と共に巨躯をくの字に折り曲げできあがりは吹っ飛び、
血反吐を吐きながら地に足を付いて二歩、三歩とたたらを踏んだ。
そして激怒と憎悪の高まるままに眼前の巨魁に大音声で吠えた。
オッピドゥスは左右の盾をゆらりと旋回させピタリと構えて
堅守の姿勢を取り、距離を保って静か敵の挙動を見据えていた。
「なかなか丈夫だな。
だが安心しろ。もっといいのが取ってあるぜ」
兜の狭間からギラリと眼光を放ち、
オッピドゥスは低い声でそう言った。




