サイアスの千日物語 四十四日目 その二十三
人は絶対に、魔に勝てない。
チェルニーの言にサイアスは暫し言葉を失った。
そんなサイアスを見てチェルニーは薄く笑い、
「どうしたサイアス。
何か都合でも悪いのか」
と嘯き、サイアスは深刻な表情でチェルニーを見返した。
「絶対に勝てぬ相手であれば、どうすれば」
「勝ちに行かなければいい。それだけだ。
寄せては返し距離を保ってまとわりつき、
ぐちゃぐちゃの泥仕合に持ち込んで粘り倒せば
そのうち引き揚げる。何も問題はない」
どこまで本気なものか、
チェルニーはその様に言い放った。
「……」
サイアスは暫し黙考した。
そして元々城砦が餌箱であり
騎士団が囮だということを再認識していた。
端からそれ専門の準備を徹底していれば、
案外どうにかなるのかもしれない。
河川の氾濫や暴風雨に対し事前に施される
治水の類が一定の効果を上げるように。
そうしたサイアスの黙考を知ってか知らずか、
チェルニーは得意げな表情で語り出した。
「フッ…… サイアスよ。
平原、そして荒野において、
将として百戦を戦い抜いてきたこの俺が、
戦の極意を授けてやろう」
「……畏れながらも慎んで拝聴いたします」
サイアスは威儀を正して傾注した。
「うむ。戦の極意とはすなわち
『脅し・はったり・肩すかし』である!!
格下に対しては脅しで屈服させよ!
対等ならばはったりで水増しせよ!
格上とはやり合うな! 逃げまくれ!
常にこれに従い臨めば百戦危うからずだ!!」
ドドン、と効果音が聞こえてきそうなドヤ顔で
騎士団長チェルニーはまくしたてた。
指令室は形容し難い空気に包まれた。
「……」
「なんだその目は」
生暖かい目を向けるサイアスにチェルニーは詰問し、
「いえ、シェドの叔父さんだなぁ、と」
サイアスはしみじみとそう言った。
チェルニーは憤慨し始めた。
「おぃお前! 無礼であろう!」
「シェドの叔父であることが無礼なのですか」
サイアスはジト目で応じたが、
チェルニーはさらに舌好調であり、
「当然だ! 俺をフラれ饅頭ガニと一緒にするな!!
俺はモテモテなのだ! アウクシリウムにいけば
美女たちが『シャッチョさんシャッチョさん』と
大喜びで寄ってくるのだぞ!!」
とのたまった。
イライラが募ったセラエノは
「おぃおっさん! いい加減にしろ!」
と罵ったが、
「やかましい! 胸が平原なヤツは黙ってろ!」
と反撃され、
「貴様…… 言うてはならんことを……」
と怒りに震え、セラエノとチェルニーは
暫しシャアシャアバウバウと吠えあいを始めた。
「……? 姉さん、何を?」
サイアスはヴァディスが書類に何事か
記載しているのに気付いた。
「んー? 王妃への報告書ー。
一字一句違わず報告しないと」
ヴァディスは喧噪などどこ吹く風といった様子で
サラサラと書類をしたためていた。すると
「待て! 俺が悪かった!! この通りだ!!!」
間髪入れずチェルニーがガバリと頭を下げた。
「ぅゎ、この軽さ流石に引くわー、
これが呪われた王家の血かぁ……」
普段は陽気なフェルマータも顔をしかめてドン引きし、
シラクサは肩を竦めサイアスに首を傾げてみせた。
お手上げといったところらしい。
一方チェルニーはというと
「見たか! これが格上との戦いだ!!」
とキメゼリフを吐いた。
蓋し世に憚る類の漢であった。
「はぁ、もぅどうでもいいや……
まあお困り殿下のいうことも一理あるんだけどね。
ほら兵書にもあるじゃん」
すっかりやる気を殺がれたセラエノはそのように述べ、
お困り言うな、と吠えるチェルニーを無視して
サイアスが言葉を継いだ。
「……兵は詭道なり、か」
「そそ。まぁとにかく、
絶望するにはまだ早いってことだね。
それに日中なら勝ち目はある。今までにも何柱か倒してるし。
まさに君の父さんとかねー」
セラエノはそう言ってサイアスに微笑した。
「あんな人外は論外だ。我々人類と一緒にするな!
……まぁともあれ、やりようは色々あるのだよ。
お前が今後学ぶべきなのは、そういう側面だろうなぁ」
チェルニーは何とか良い話にまとめようとし、
サイアスはシラクサに同じ仕草で応え、笑いあっていた。




