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サイアスの千日物語  作者: Iz
第二楽章 魔よ、人の世の絶望よ
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サイアスの千日物語 四十四日目 その二十二

「第一戦隊精兵隊、敵部隊を粉砕!

 突撃部隊殲滅、味方の損害軽微」


指令室で映像を確認しつつ、

軍師がその様に報告した。


「敵本陣に結果が伝わるには少しかかる。

 今のうちに南門の祈祷師を100歩程出せ。

 負傷者への対応が済んだら再度南門で待機だ」


騎士団長チェルニー・フェルモリアは

その様に判断し指示を出した。


「閣下、2-20上空に黒雲の如き気配ありとのこと。

 羽牙の編隊かと思われます」


「……狙いは攻城兵器か。

 『火竜』の投射は一時中断だ。

 南東の工兵を退避させ、防壁上の弓兵に応戦させろ」

 

「は。ただちに」


敵は正面からの突撃と並行して

側面から攻城兵器を狙っていたようだった。

幸いにして突撃部隊の決着が一瞬で着いたため、

城砦は羽牙部隊へ対処を施すだけの時間を得ていた。



「……」


「どうしたサイアス。不満でもあるのか?」


陰影の彩る一面の屍と、次なる事態に備え

再編成にあたる第一戦隊精兵隊の様子を画面越しに

見つめながら、サイアスは険しい表情をしていた。


「いえ、味方が勝利したのは素直に嬉しいのですが」


「ふむ」


サイアスは隣で怪訝な顔をする騎士団長に、

率直に答えることとした。


「余りに一方的な結果となったことに驚きを覚えています」


「成程な……」


チェルニーは合点がいったようで軽く頷いてみせ、


「良かろう。敵の二陣までやや間が空く。

 その隙に疑問を解決しておこう。

 ……セラエノ! 任せる!」


と請け負い、即、丸投げした。


「御自分でやればいいじゃないですか……」


セラエノは呆れてそう言ったが、

チェルニーは胸甲をガツリと叩いて打ち慣らし、


「俺は数字が苦手だ!!」


とドヤ顔で言い放った。


「やれやれ……

 まぁいいや。じゃあサイアス。

 ちょっと戦況を分析してみよう」


セラエノはジト目でチェルニーを一瞥し、

肩を竦め、しかし楽しそうにサイアスに語りかけた。



「敵部隊は3の戦力指数を持つできそこない100体だ。

 一方こちらは5の戦力指数を持つ60名に

 30の戦力指数を持つとんでも騎士長1名。

 敵襲は事前に看破しているため奇襲は成立しない。

 突撃効果のみ勘案されるが、一方でこちらは隘路を形成し

 密集陣形で待ち伏せだ。戦術効果は相殺と見做していいだろう。

 そこでやや乱暴ながら、純粋な戦力指数同士の比較で

 話を進めることになるが、ここまでは良いかい?」


「はい。問題ありません」


セラエノの条件文を即座に理解しサイアスは答えた。


「良い子だ。戦力指数の比較による、

 戦力差の算定、できるかい」


「味方が30有利、ということですか?」


セラエノの問いに

間髪入れずサイアスが応えたが、


「不正解だ。計算式を言ってみてごらん」


との結果になり、


「敵が3x100で300。

 味方が5x60+30で330。

 300と330の差の絶対値が30であるという式です」


とサイアスは理路整然と説明してみせた。


「計算内容は合っているけれど、式そのものが違うのさ。

 戦力差は個々の戦力指数の累乗を用いて絶対値の差を

 算定し平方根を取る。ちょっと試してごらん」


セラエノの修正に基づき、

サイアスは即座に計算を開始した。

隣席のチェルニーは結論にしか興味がないらしく、

他人事のように聞き流していた。


「すると…… 

 敵単体が3の2乗=9でこれが100なので900。

 精兵が5の2乗=25x60で…… ……1500!?

 それにオッピドゥス閣下が30の2乗=900……

 つまり、|900-(1500+900)|=1500。

 よって√1500=10√15≒38.7……

 概ね39の戦力差ということか」


「正解。ざっくり色々省いてるけれど、

 根っこはまぁ、そんな感じだね」


セラエノは語る早さで暗算してのけたサイアスを

身を乗り出すようにして満面の笑みで見つめた。

手空きの軍師衆も小さく微笑み頷いていた。


「戦力差の大きさより、オッピドゥス閣下単騎で

 できそこない100体に匹敵することの方が驚きです……」


サイアスは正解を得たことよりも計算式の内容、

すなわち乗数で詳らかとなったオッピドゥスの

出鱈目な強さに呆れていた。そしてそれと同時に

未だ漠として形にはならぬ不安感を得てもいた。


「ははは。まぁ、完全に人外だしね……

 ともあれ結果に納得しやすくはなっただろ?

 じゃあ話を進めるけれど。

 

 次は実際の攻防にかかる側面を見るよ。例題だ。

 30の体力をもつ1体と1の体力をもつ30体が

 互いに足止めてがっつんがっつん殴りあったとしよう。

 ……なんか馬鹿みたいな話だけど。まぁ例題だから、ね。

 互いに10の損害を蒙ったとして、その場合

 両者にどのような結果が訪れると推測できる?」


「30の方はそれなりの傷を負いますが生きてますね。

 死地であればものともせず戦闘を継続するでしょう。

 1の方は…… そうか、どうやっても10体死ぬから

 全体としての戦力が下がるのか。つまり……

 見かけ上の数値が近侍しかつ双方同じ損耗であっても、

 個として弱く数の多い方が圧倒的に損失が大きい、と」


サイアスは思考を声に出し、

そのまま結論に至らしめた。そして

荒削りながら普遍性を帰納的に導き出した。


「ふふ、よくできました。

 サイアス、やっぱり参謀部に移籍しなよ!

 絶対軍師に向いてると思うなー」


セラエノはすっかりご機嫌となって笑っていた。


「おぃよせ。こいつは副団長にする」


「ぇー。そんな閑職くだらない……

 何より私がつまらない!」


「あぁ? 俺の話し相手だ! 名誉職だ!」


チェルニーとセラエノはどこまで本気なのか

サイアスの取り合いを始めた。一方サイアスは

先刻の茫漠たる不安が形となったために思わず呻いた。


「この観測が正しいのであれば、

 つまり、人は……」


サイアスの反応に対し、

状況も考えず馬鹿騒ぎしていたお困り様たちは

一気に冷静な態度に立ち戻り、チェルニーが

サイアスの言を冷徹に引き継いだ。


「……然りだ。

 人は絶対に、魔に勝てん」

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