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サイアスの千日物語  作者: Iz
第二楽章 魔よ、人の世の絶望よ
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サイアスの千日物語 四十四日目 その二十一

城砦の南の外壁からおよそ300歩程南下した位置には

外壁とほぼ同程度の長さを持つ野戦陣が構築されていた。

鉄製の櫓に篝火が灯る鉄塔と木材を交差させて縛り上げた

ものを連結させた障壁、人の背丈程の柵などが互い違いに連なり、

間隙を第一戦隊の重装歩兵が密集陣形で埋める形で防衛線が張られた。

野戦陣は東西の端へ行くほど建造物の密度が増し、

中央へ向かう程兵の密度が増していた。


構造物で防衛線を完全に覆い尽くしてしまった場合、

人を優先して狙う魔や眷属は正面からの侵攻という攻め手を

変じ、最悪の場合城砦を放置し平原へ向かう可能性もあっため、

敢えて間隙を残し肉の壁を混ぜる形で防衛線は構築されていた。

餌箱には「口」が必要なのであった。


そうした事由もあって、敵を誘引すべく

一際広く間隙の空いた城砦南門の真南にあたる6-15には

城壁の一部といっても過言ではない巨躯の鎧武者が聳え立ち、

両翼をそれぞれ30名の精兵が二列横隊で近侍していた。

巨躯の背後には40名の兵士が待機し交代要員として戦況を伺い、

計100名が防衛線における肝心要の勘所を命を曝して護っていた。


巨躯の鎧武者オッピドゥスは斜め前方で周囲の空気を焼き上げる

鉄塔の篝火を見つめていた。篝火の光は黒の月が投げ下ろす闇色の

輝きの影響で周囲にほとんど拡散せず、沖合の漁火のように

距離感を狂わせるぼんやりとした赤の光を発していた。



オッピドゥスは全身を専用甲冑「城砦」で覆い、両の手は家屋の

扉に倍する巨大な盾「メーニア」の上端を押さえ、盾を地に立てていた。

「城砦」は彼の持つ非常識な身的能力のお蔭で本来は最大の制約となる

大きさや重量を考慮せずに構築できるため、資材部と防具工房、さらには

参謀部が一丸となって生み出した最新かつ最高の英知が結晶化されていた。

人の拳程の厚みを持つ複合素材の金属板で構築された装甲の内部には

油圧式の衝撃吸収機構が内臓され、閾値以下の全ての衝撃を無効化する。

防壁の一部といっても良い強度を誇る双盾メーニアやそれを攻防に用いる

当代一の盾術技能、また当人の硬気功を用いた身体強化が相乗効果を成し、

並みの眷属ではオッピドゥスに傷一つ付けることはできなかった。



しばし黙考しつつ篝火を眺めていたオッピドゥスは、不意に篝火の炎が

北へと揺れるのを見た。南から、闇を押しのけ何かが迫ってくる。

オッピドゥスはそう看破し、南方の闇を睨みつけた。とその時、

オッピドゥスの側の防柵でカッと音がした。見やるとそこには一本の矢が

突き立っており、矢には筒が取り付けられていた。


「閣下、どうぞ」


矢を引き抜いた兵士が筒から書状を取りだし、オッピドゥスに手渡した。

この矢は本城中層上部の在所から放たれたものであった。

ブークを初めとする座所の弓の名手は、戦端が開かれた後は

その精密な狙撃能力を自陣へと向け、指令室の命を通常の伝令に

先駆けていち早く伝える矢文を用いた伝令部隊と化すのであった。


「ふむ……

 フン、しゃらくさいマネを」


矢文を受け取ったオッピドゥスは苦笑した。そして


「我が精兵たちよ、しかと聞けぇい!!」


と大音声で呼ばわり、

両翼の兵らは甲冑をビリビリと震わせつつも

闘志をみなぎらせ傾注した。


「本城からの砲撃で泣きっ面となった敵陣から

 死にぞこないのできそこないが100体、

 まさにこの場所目掛け突進中である。

 これは本会戦最初の防衛戦である。人も魔も眷属も、

 大地に住まうすべての者が我らの立ち居振る舞いを

 息を殺して見守っている。すなわち」


オッピドゥスは一呼吸置き、さらに大声を張り上げた。


「あまねく人の子の存亡は、

 我ら第一戦隊に委ねられたのだ!

 精兵たちよ、己が名、己が命を誇るが良い!!」


兵たちの気配が一際引き締まった。


「常に厳しい訓練に明け暮れ自らを追い込み、

 任に臨んで天をも目指し戦い続ける者たちよ。

 我らが何者であり、その生がいかなる意味を持ちうるかは

 今この時、この戦いによって決まる!

 心せよ! そして謳歌せよ! この大任を!! この大戦を!!」


第一戦隊精兵たちは敬礼姿勢のまま無言であったが、

その全身からは天をも焦がさん熱気が立ち上り始めていた。

一方前方の闇はそれ自体質量をもつかに大地を揺るがし迫りきて、

無数の凶悪な猛き者どもを吐き出した。鉄塔の篝火に姿を曝す眷属は

奔放・邪悪な殺戮の意志を全面に押し出して殺到する。

爛々轟々と迫るできそこないの軍勢はしかし冷徹に布陣を成し、

放たれた矢そのものの形「鋒矢の陣」を以て敵陣正面ど真ん中を

穿ち抜かんと殺気に満ちた突撃は目前に迫っていた。



「左足前へ! 盾掲げぇえい!!」


殺到する魔獣の津波を睥睨しつつ、

重厚な音声でオッピドゥスが命じた。


ドドンッ、ザンッッ!


左右60の精兵は死線にさらに一歩踏み込み、

専用盾メナンキュラスを敵陣へと掲げた。


「戦列合わせ! 密集陣ファランクス!!」


ガガッ、ジャキン!!


各30の精兵はメナンキュラスを互いに合わせて防壁を形成、

一塊の巨岩となってゆく手を阻み、殺到する敵軍に備えた。


「ブチ当たれェエェエエエイッッ!!!」


大音声と共にオッピドゥスが突進した。

その突進はできそこない100体の質量をも打ち破り、

先端を担う十数体は地を這う砲撃のごときオッピドゥスの

体当たりによってひしゃげ潰れて吹き飛ばされ、鋒矢の先端は

二つに割れて左右へと流れた。そして割れた矢の断面を

第一戦隊精兵のファランクスが待ち受け、気合もろとも弾き飛ばした。

オッピドゥスに勢いを殺された残存の前陣は元の鏃の形に

戻るかのように押し戻され、周囲には原型をまるで留めぬ

奇怪な肉片が散乱しはじめた。


「貫けぇぇぇえええいっ!!!」


応ッッッ!!


オッピドゥスは震脚と共にさらに踏込み、双璧たる両の盾を

掌打のごとくに打ち込んだ。鋒矢の陣形の矢軸たる縦列は

激しく縦に貫かれ、二つに裂けた矢の残骸となった。

そこを両翼の精兵が一気呵成に手槍を繰り出しズタズタにした。


「押し返せ!!!」


オッピドゥスと精兵隊は猶も前進し、屍もろとも

敵陣全てを蹂躙し排除した。生き残ったできそこないは

一体も居らず、篝火の元で陰影のある起伏となった。

先刻までの喧騒は一気に静まり、ただならぬ血臭を漂わせ

できそこない突撃部隊100体は死に絶えた。


「勝どきあげぇえい!!!」


ウォオオオオォオオ!!!


闇の荒野に兵たちの雄叫びが木霊し、死闘の始まりを告げていた。

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