サイアスの千日物語 四十四日目 その二十
天雷が闇を払い、荒野に光が満ちたのは
一分に満たぬほんの短期間のことでしかなかった。
名の示す通り空に稲光のごとく閃いた天雷とは
直径が大人数人分はある巨大な照明弾であり、
内部には金属片や粉末、儀式魔術に用いられる
触媒等が凝縮され、高密度に圧縮された人の持つ
精神力そのものである概念物質「精神の矢」を
燃料として消費し発動する術式が封じられていた。
上層独立区画の外縁から放たれた天雷は追風に押され
上昇気流に乗って座標8-15の上空にまで飛翔し、
比類なき弓の名手たるブークが精神の矢を以て射抜いた
ことにより爆散。金属片や粉末が水平方向へ飛散して
膜を形成し、これに破砕拡散し燃えゆく精神の矢の
内包する膨大な光量が乱反射して光芒の天蓋となり、
天空から降り注ぐ黒の月がもたらす闇色の輝きを完全に遮断。
光の膜は闇を背負い下方を眩く照らし出しながら
傘のような姿で落ちていき、やがて霧消したのであった。
こうした天雷の輝きは数十秒で消え去り
すぐに荒野に闇の帳が舞い戻ったが、それでも軍師が
敵陣を観測しその全容を看破するには十分であった。
「ブーク閣下の狙撃成功!
『天雷』発動しました!!」
「敵陣判明、座標8-13から8-16」
「数およそ800。推定累計戦力指数2700」
「攻城兵器座標修正。
目標、南西部隊8-14、南東部隊8-15」
指令室に軍師の声が次々に響いた。
元よりの予測と実測を摺り合わせ、適宜情報を更新していく。
一分と経たぬうちに必要な情報を全て揃え、対処を成して
態勢を整えた軍師衆はセラエノの指示を待った。
「団長。御下知を」
参謀長セラエノは騎士団長チェルニーに振り返り、
裁可を仰いだ。チェルニーは重々しく頷き、これに応じた。
「うむ。
開戦だ! 撃ち方始めぃ!!」
「了解! 攻城兵器、投射開始せよ!」
「了解。『火竜』発射」
チェルニーからセラエノへ。
そしてシラクサの念話を通して本城中層域の攻城兵器部隊へ。
間を置かず命令は伝達され、巨腕のごとき器械が唸りをあげた。
突如発生した莫大な光量に魔の軍勢は悲鳴をあげた。
闇に慣れきった眷属たちは光から隠れるよう、
うずくまるようにして硬直していたが、
天雷の灯りが徐々に薄らぎ消えていくに従い、
一層倍の殺意を全身から漲らせ、城砦と野戦陣を睨みつけた。
怒りに震えいざ攻め込んで殺戮の限りを尽くさんと意気込む
軍勢ではあったが、そこに、北方の空から火の玉が降り注いだ。
城砦本城中層域の大型攻城兵器トレビュシェットから放たれる
ごうごうと燃え盛る火山弾のごとき砲撃が眷属たちを潰し、焼いた。
「『火竜』命中弾12。全弾命中です。
敵陣中央最前列粉砕。敵累計戦力指数、推定300減少」
「はっはっは、大当たりだな!
次弾装填、揃い次第ぶちかませ!!」
チェルニーは哄笑し、さらなる砲撃を指示した。
特大の照明弾で敵の目を晦ましつつ敵陣を測定・照準し、
眩しさに怯んで硬直したところを間髪入れず攻城兵器で薙ぎ払う。
城砦得意の喧嘩殺法によって宴の戦端は開かれた。
奇襲を喰らった魔の軍勢はしかし混乱を起こすことなく、
またこの攻撃が連続で来ぬことを見抜いていた。
ブスブスと燻り燃える大地と屍の背後で闇の塊がぬるりと動き、
敵を蹂躙し鏖殺すべくまずは一群が突出してきた。
「敵陣に動きあり。正面中央に眷属の一群が集結。
通称できそこない。数およそ100、
推定累計戦力指数300。
予測目標6-15、突撃、きます」
粉砕された布陣中央の屍を踏みしだき、残り火を踏み消しつつ
できそこない100体が着弾箇所の北側、一つ所に集結した。
そして隊伍を整え鋒矢の陣を形成して、野戦陣目掛け突進を開始した。
目指すは城門の延長線上、野戦陣中央ど真ん中たる6-15。
そこには「城砦その人」と異名を取る第一戦隊の長にして
城砦騎士長オッピドゥス・マグナラウタス子爵と彼の率いる
第一戦隊の精兵隊100名が待ち構えていた。




