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サイアスの千日物語  作者: Iz
第二楽章 魔よ、人の世の絶望よ
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サイアスの千日物語 四十四日目 その十九

時が、近づいていた。

城砦南方に設営された野戦陣の随所で燃える篝火の炎と

その北側で開戦に向けて静かにたぎる兵士たちの闘志、

そして南の闇に潜む魔性の者どもの殺戮と捕食への渇望。

そうした無数の熱気が大地から立ち上り、上昇気流に変じ、

上空で噴水が零れ落ちるようにして拡散して、城砦本城の

斜面に沿って降りてきた。すなわち、追い風が発生したのだった。


「『機』が訪れたようだ」


第三戦隊長クラニール・ブークがそう告げた。

すぐ側で闇と同化するように潜んでいたルジヌがそれを受け、


「ミカガミ。始めてください」


と座所中央の巫女らしき女性に声を掛けた。

ミカガミと呼ばれた巫女は頷くと、わずかな篝火の中

鈴とさかきを掲げ、暗闇に浮かぶようにして舞を始めた。



シャン。



澄みきった鈴の音が鳴り響く。



シャン。



あらゆるものが透き通り、

高みに登るような感覚が周囲を襲った。



シャン。



鈴の音は涼やかに闇を渡り、



シャン。



巫女はかむさびた声でうたい始めた。



   あめつちの あまねく灯り

   ひたかくす 暗闇の月



巫女の声に闇が震え、

手にした鈴と榊が薄らと燐光を放ちだした。



   まつろわぬ 猛きものども

   むさぼりて 踊り狂えり



ひざまずく20名の弓兵やブーク、

ルジヌの身体から、淡い白の光が溢れ、ゆらゆらと

陽炎のごとくに揺れ始めた。



   あめつちの あまねくものに

   はじまりと 終わりはあらん



座所に佇む者たちの身体から立ち上る淡い光は

やがて一つとなって座所中央の巫女の下へと向かった。

座所の下方、本城の下層からも淡い光が立ち上り、

巫女の身体へと吸い込まれていった。巫女の身体は眩い

輝きを発し始め、神気の高揚を察知した指令室から

ルジヌの下へと通信が入り、ルジヌはそれに頷き応答していた。



   忌まわしき 闇のとばり

   立ち昇る  日の輪に消えん



巫女に集った眩い光は、神鏡へと吸い込まれていく。

無辺の闇を映すばかりであった神鏡は、徐々に色付き、

日輪の如き閃光を発し始めた。



   さればこそ 成さしめたまえ 久方の



巫女は鈴と榊を地に置いて、両手の甲を額の前で交差させ、

ゆっくり左右へ広げつつ神鏡の前に差しだした。



   光の矢にて 夜明け呼ばわん



神鏡の放つ輝きは巫女の手の内に凝縮し、拡げ行く掌の中で

徐々に形を変じ、そして一本の光の矢となった。

それは彼らの信じる唯一の神、すなわち不撓不屈の誓いと

意志とを一つ所に束ねた、人々の精神でできた矢であった。


「ルジヌより指令室へ。

 ミカガミが『精神の矢』の抽出に成功しました」


「セラエノだ。了解した。

 同期開始。一分後『天雷』を発射する」


「ルジヌ了解。

 ブーク閣下。お願いします」

 

ルジヌはブークへと向き直り、敬礼した。

ブークは頷き、神鏡の前へ、巫女ミカガミの前へと歩みでた。

ミカガミは神鏡を背にブークへと振り返り、手の狭間に

浮かんだままの光の矢を差しだした。

ブークは胸前にて右手で拝み、差しだされた矢を手に取り、

南を、無辺の闇と虚空の彼方を見据え、そして弓を構えた。


 

   いくさ弓 光纏いて たま放ち


   

長弓に矢を番え、キリリと引き絞るブークの全身から、

青白い炎のごとき光が立ち上った。同時に上方から轟音がして、

何かが空を裂いて南方へと飛び立っていった。



   征矢そや烏羽玉うばたまの 



弓を引き絞るブークは暫時瞑目し

飛び立った何かの見えぬ軌跡を追い、



   闇夜払わん



かっと目を見開き、矢を放った。

放たれた光の矢は流星のごとくに漆黒の天を駆け、

すぐに見えなくなった。


そして無限に続くかの如き重苦しい静寂の後。


天に閃光がほとばしり、荒野の闇が消え去った。

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