サイアスの千日物語 四十四日目 その十八
指令室は色とりどりの光芒で溢れていた。
各所に設置された玻璃の珠は白や青の淡い光を放ち、
本来は闇夜の如き漆黒である壁面は戦域図や戦術図
そして数多の数字と複雑な記号の投影で埋め尽くされていた。
傾斜した天井には周辺状況の映像が小窓の様に複数投影され、
篝火の燃え盛る鉄塔や防壁上から見下ろす布陣の様相、
野戦陣の南に広がる無辺の闇を映しだしていた。
中でも特務弓兵隊の待機する座所と南部野戦陣中央が
とりわけ大きく映し出されており、白装束をまとって座す
弓兵たちや巫女と神鏡、防衛線の最前線中央に城壁の如く
聳え立つオッピドゥスの姿が確認できた。
「戻りましたー。サイアスさん来ましたよー」
相も変らぬ緊張感の無さでフェルマータは報告した。
指令室の中央付近で映像を眺め思案していたセラエノは
サイアスに軽く手を振って微笑み、同様に手を振り
あるいは会釈するヴァディスやアトリアと打ち合わせを始めた。
「ほぅ、サイアスか。
よく来たな。こっちへ来い」
サイアスを見つけた騎士団長チェルニー・フェルモリアは
嬉しそうに指令室後方の自分の席へとサイアスを招いた。
フェルマータはサイアスの肩をポンと叩き、
「あはは、早速目を付けられましたねー。
お困り殿下のお守り宜しく!」
と笑い、誰がお困り殿下だ、と吠える騎士団長を
ガン無視して、空いている席で玻璃の珠に手をかざした。
フェルマータの周囲の壁面には中央塔、及び周辺域の
図面が浮かび上がった。
「ではサイアスさん。
私も任に就きます。また後で……」
シラクサもそう言ってサイアスの下を離れ
奥に用意された、複数の珠に囲まれた特別な席に身を沈め、
両手を左右の珠の上にかざした。シラクサの手からは
淡い白の光が溢れ、近くの壁面に無数の赤い光の筋が走り、
筋の周囲には数字や紋様が溢れだした。
「シラクサ、準備完了です」
シラクサの念話が辺りに響き、
「よし、じゃぁ…… 起動状況確認するよー。
こちらセラエノ。近い順に応答してくれ」
「こちらルジヌ、通信状況は良好です」
セラエノの呼びかけに続き、
指令室のやや下方、10階付近の外部にある
座所にいるはずのルジヌの声が届いた。
「よし、次。中層中部ね。
本城の攻城兵器部隊、どうだー」
「こちら南西部隊、音声良好」
「南東部隊、問題ありません」
「よし、次最後」
「こちら中央塔下層広場。情報伝達粗漏なく」
「よしよし、確認終了。
一旦径路を遮断する。引き続き待機してくれ」
各所とのやりとりを終えたセラエノは満足げに頷き、
「いい感じだね。シラクサ、
ギリギリまで休んでてくれ」
とシラクサにウィンクして見せた。
シラクサの持つ高い念話能力を専用の玻璃の珠を通して
指令室に集中した軍師らの魔力で拡張し、中央塔と連絡のある
本城内の各所へと情報の往来を可能とする径路を構築する
この仕掛けは、今回の宴から採用された、戦術を一変させかねない
革新的な機構であった。これにより少なくとも中央塔周辺に限っては
指令室からの命令を即座に戦局に反映させることができたのだった。
チェルニーに呼ばれたサイアスは忙しなく動く軍師たちの
そうしたやりとりを驚きと好奇の目で見つめていたが、
その隙にチェルニーは供回りに命じ、自分の座席のすぐ横に
サイアス用の席を用意させた。
「……これは僭越に過ぎるような」
いわば副指令官に近い席を与えられたサイアスは
申し訳なさそうにそう言った。が、
「気にするな。俺もお前も今はただの置き物だ。
連中曰く、ここでじっとしているのが一番邪魔にならんのだそうだ」
そう言ってチェルニーは苦笑した。
「どうだ、いっそ副団長にでもなるか?
今はセラエノが兼任しているからアレも楽になる」
「御無体な……」
チェルニーは楽しげにそう言い、
サイアスは苦笑した。
「随分武功を重ねているようだな。
ライナスも鼻が高いだろう。それと甥が世話になっている。
国許にいた頃は友の一人も居らず残念な引き籠りをやっていたが
今は随分と楽しんでいるようだ。悪さも散々しているようだがな。
ま、悪戯好きは王家の血だ。諦めてくれ」
「シェドは持前の能力を活かして伝令として
活躍する方向です。また彼がいると場が明るくなるので
助かっています。ただ……
女性陣からは致命的に嫌われているようです」
「そうか。女受けが悪いのは血ではないな……
俺もアレの親父もモテるからな!
……おい、今のは口外するなよ。
女房が本気で攻めてくるからな……
ともあれ適切な用法だ。アレも俺も生きていれば
いずれは本国に連れ戻される身だが、それまでは
他兵士と変わらずコキ使ってやってくれ」
その後もチェルニーはしきりにサイアスに話しかけ、
サイアスは適宜それに応じた。どうやらまるで話の
通じぬ軍師だらけの中、退屈で仕方なかったようだ。
セラエノや他の軍師たちはその様子に生暖かい視線を送り、
肩を竦め笑っていた。




