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サイアスの千日物語  作者: Iz
第二楽章 魔よ、人の世の絶望よ
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サイアスの千日物語 四十四日目 その十七

シラクサが足早に上り抜け、サイアスとフェルマータが

政治的取引をしつつ後にした、中央塔中層の外部。

見かけ上城砦本城と一体化しているこの区画では、諸々の用途に

応じ形態を変じる巨大なプレートが積層構造を成していた。

中層底部の数枚のプレートは黒の月に突入すると同時に内郭を

覆う蓋と化して固定され、続く数枚のプレートも今夕動作して

南東及び南西に展開されて攻城兵器の台座となり、さらに上部の

プレートは南にせり出して、第三戦隊長クラニール・ブーク自らが

率いる特務を担う弓兵隊の陣地となっていた。



四角錐をした城砦本城は上に向かって徐々に先細り、

特務弓兵隊の詰める中層上部のこの場所は戦域図でいえば

2-15の位置にあり、8-15もしくは9-15にあると

予測される魔軍の本陣とは水平距離にして2000歩前後と

大きく離れ、高低差を存分に活かしたとしても、闇中の敵陣に

有効射を放つのはかなり困難に思われた。


当代一の弓の上手と名高いブークを筆頭として、

この地に布陣する20名はいずれ劣らぬ弓の名手ではあったが、

単に投射攻撃を施すだけなら防壁からで十分であり、実際

第三戦隊の通常の弓兵約70名は防壁上で射撃任務に就いていた。

さらに言えば宴の敵は軍勢であるため、下方のプレートや

南東及び南西の外郭兵だまりに設置された攻城兵器による

広範囲への面攻撃の方が遥かに効率的であった。


つまりこの精鋭射手らの目的は、敵への狙撃の他にあった。

それを明示するかのように、ここに集う者は皆甲冑ではなく

東方風の純白の衣をまとい、額に布を巻いて小脇に上下非対称の

長弓を抱え、左右に列を成してひざまずき、瞑想していた。

そして陣地の中央やや後方に置かれた台座には縄や切り紙で

化粧のされた青銅の鏡が祀られて、台座の前では鈴と葉の付いた

木の枝をもった巫女と思しき人影が神鏡に何かを奉じかしずいていた。


神韻縹渺しんいんびょうびょうたる風情を持つこの場所は、

実のところ神を祀る座所であった。人類の存亡を担う大戦に臨み

いわゆる神々に加護を求め請願する場所かというと、答えは否である。

平原でも城砦でも、人は神への祈りが自分たちを欠片も救い守らぬことを

身を以て知っていた。剣を取り盾を掲げ戦うことこそが、自らを救う

唯一の手立てであることを知っていたのだ。よって彼らが祀るのは

自らの心に宿る意志という名の戦神いくさがみ、すなわち「精神」そのものであった。

平原を守り人の世を護るため最後の一兵となっても戦い抜くという、

不撓不屈の気高き誓い、それこそが、彼らの信じる唯一の神であった。



「全部隊配備完了したようです。

 遠からず追い風が吹きます。推定発生時刻は11時11分」


この陣地においてただ一人、

東方風の装束ではなくローブに身を包んだ女性がそのように言った。


「『機』ということだね。了解した。

 君は指令室には入らないのかい? ルジヌ君」


前方に広がる闇を目を細めて眺めつつ、

クラニール・ブークはそう言った。

二人は陣地の南端に立ち、僅かな篝火の下で

下方に展開する味方の布陣とさらにその南方に広がる

無辺の闇、そして見えぬ敵陣を見据えていた。


「魔力の供給は十分な様です。

 シラクサの念話もありますので、此度はこちらで

 状況の分析と観測の補佐に当たらせていただきます」


「そうか、助かるよ」


「それに……」


「ふむ?」


軍師ルジヌはやや言葉を止め、

ブークは柔らかな物腰で続きを促した。


「不謹慎ではありますが、私は戦場の空気を好みます。

 室内で見守るより戦の高揚を肌で感じていたいのです」


ルジヌはそう言って薄く笑った。


「はは、そうか。

 何も問題はないさ。武人とは皆、そういうものだ。

 はるばる平原からやってきて、後ろで見ているだけと

 いうのは辛いだろう。騎士団長はスネていそうだ」


「仰せの通りです。

 王妃より徹底して釘を刺されているようで

 以前の様に飛び出そうとはしませんが

 ぶつぶつ愚痴がうるさいですね……」


「それはそれは。軍師衆にはお悔みを申し上げるよ」


ブークとルジヌは開戦前の張りつめた空気を

楽しむかのように会話を交わしていた。


「此度はサイアスさんが指令室に招かれています。

 良い恰好を見せるべく多少は大人な振る舞いをするでしょう」


「サイアス君にシラクサ君。

 城砦の次代を担う騎士と軍師か。どちらも成長が楽しみだ」


「えぇ。そうですね」


ルジヌは頷き、遠くの闇を見つめた。



「しかし城砦の戦術も随分変わったよ。

 私が赴任したての頃は防壁から弓を撃つだけだった」


ブークが昔を懐かしみそう言った。


「技術や戦術は日々推移し、

 より良い戦局を生み出しています。

 ゆくゆくはこの城砦も、さらに荒野の奥へと延びた

 戦線を支える後方都市へと姿を変えるかもしれませんね」


ルジヌは少し笑ってそう言った。


「そうありたいものだ。

 そのためにもまずはこの戦だね。

 大任、全身全霊を以て務めさせていただこう」


ブークは決意をみなぎらせ、頷いた。


「期待しております。

 閣下、我らに光を」

 

ルジヌは微笑み、敬礼した。

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