表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サイアスの千日物語  作者: Iz
第二楽章 魔よ、人の世の絶望よ
348/1317

サイアスの千日物語 四十四日目 その八

サイアスを先頭にラーズと騎兵が背後を護り、

3騎は魚人の追撃を受け流しつつ一定の距離を保って逃走し、

河川と並行するかに見せて、僅かずつ南西の内陸へと

魚人を誘引していた。魚人は狂気に憑かれたような様相で

口角を飛ばしつつ必死で追いすがり、時折拾った石を投げつけたが、

逃げる相手に走りながらではそうそう当たるものでもなく、

無駄に体力を消費し、さらに自らを追いつめてなお必死で殺到していた。


「どれ、次は俺の番だな。

 お前らがちぃとは先輩を敬うように

 いっちょいいとこ見せといてやるか」


転びそうな勢いで殺到する魚人12体を尻目に、

程よい速さで逃げる騎兵が軽く伸びをした。


「敬ってまーす」


「おぅおぅ。同じく」


騎兵のセリフにサイアスとラーズが茶々を入れた。


「やかましいぜ。

 まぁ見てなって」


騎兵は弓を取り出した。ラーズと同様合成弓だが

大きさは6割程であり、弓の両端はくるりと前に反っていた。


「騎射っていやぁ普通は正面か左側面だ。

 器用な奴なら持ち手を替えて右側面でも打てるけどな。

 だが騎射の本質を最大限に活かすなら、この撃ち方が一番さ」


騎兵はそういうと鞍から身を起こし、膝のみでバランスを取った。

そして上半身を左へ捻りさっと背後に向けて弓を構え、

間髪入れずヒュッっと射た。駈足で進む馬の背で余計な動きを

一切伝えることなく振り向きざまに矢を放つその挙措は

徹底的に洗練されて無駄がなく、ラーズはヒュゥ、と口笛を鳴らした。


「『逃げ撃ち』さ。

 追っ手は自分から矢に突っ込んでくるし、

 こっちは撃ちながら距離を保てるって寸法だ。

 カタにハマりゃぁ、カモネギだぜ」



馬上で生まれ馬上で死ぬと言われる騎馬民族の得意とする

この「逃げ撃ち」は、かつて盛んであった人同士の戦いにおいて

馬の機動力と弓の攻撃力を最大限に活かす戦術として部隊規模で運用され、

比類なき戦果を上げていたという。魔や眷属の侵攻により平原における

人同士の戦闘が人口そのものと共に激減すると、徐々にこうした

対人戦の技術も廃れていった。今なおこうした技術を当時のままに

伝えるのは、今なお戦乱に明け暮れる平原の東の果て、

東方諸国のみであった。



騎兵の放った矢は殺到する魚人の群れに吸い込まれ、

ゴッと鈍い音を立てて弾かれた。それを確認した騎兵は

さらに一矢をつがえ躊躇なく放った。新たな矢は鏃の後方に

筒状の膨らみがある変わり矢の一つ、油矢であり、これもまた

魚人の鱗に弾かれはしたが、衝突した筒が割れて中身が飛散、

粘度の高い可燃体が数体の魚人に付着した。


正面へと向き直った騎兵は腰から布袋を外し、鎧にガツリとぶつけ

中の火口に着火。振り向きざまに魚人へと投げつけた。

投げつけられた火種は群れの中央1体に命中し数度弾かれ、

そのうちぼぅ、と燃え盛り、2体を炎上・転倒させた。

これに巻き込まれた1体を含め、計3体の魚人が追走から脱落した。


「ざっとこんな感じだ。どうよお前ら」


「御美事です。

 査問会は中止しましょう」


「へへ、そりゃどーも」


サイアスが真顔で頷くのに対し、

騎兵はまんざらでもない表情をしていた。



「おー、こいつは確かに良い具合だな。

 気に入ったぜ! ハハハ!」


ラーズは高笑いしながら見よう見まねで逃げ撃ちを開始していた。

放たれた通常の矢は文字通り矢継ぎ早に敵陣に飛来し、

ロクに避けようともせず殺到する魚人の身体を捉えたが、

揺れのある不慣れな馬上からでは的確に急所を捉えるには至らず、

矢は浅く刺さるか鱗に弾かれていた。それでも演習としては申し分なく、

やや速度を落として後方に下がり、ラーズは楽しげに連射して

馬術と騎射の経験を積み重ねていた。


「あっさりパクられちまった……

 まぁ流石にまだ魔弾は撃てないみたいだな」


「ふふ、器用なことだ。

『こいつが騎射を覚えたら、多分えらいことになる』

 とデレク様に言われていたのも納得ですね。

 ……ん? 馬足が右に流れてる……

 ラーズ! 川から離れろ!!」


ラーズの逃げ撃ちは形自体はモノになっていたが、

いかんせん膝の締めが甘かった。そのため左に捻った上体を

撃ち終えて右へと戻す動きが鞍に落とした腰からグラニートに伝わり、

グラニートはそれを右へ進めとの合図であると解釈。

逡巡しつつも徐々に右手の河川へと寄っていたのだった。

サイアスはラーズの右手に広がる川幅を増してきた河川を見やった。

ラーズの前方を流れる川の水はどんより淀んで深い黒色に染まり、

時折気泡を吐き出していた。


「左へ飛べ!!!」


サイアスが大声を発して馬首を巡らしラーズの方へと駆け始めるのと

河川から黒い巨体が身をもたげるのがほぼ同時であった。

水中で迫る馬蹄の響きを追い、進路を予測し潜んでいた大ヒルは

淀んだ水を振り撒きながら轟音とともに大地を打擲した。

ずぅん、と地響きを起こす大ヒルの巨体の暴威は周囲を圧迫し、

追随する魚人の群れは大いに怯んでその足を止めた。

幸いグラニートは咄嗟に大きく南へと逃れ辛うじて難を避けていた。

しかしその鞍上に、ラーズの姿はなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ