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サイアスの千日物語  作者: Iz
第二楽章 魔よ、人の世の絶望よ
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サイアスの千日物語 四十四日目 その六

城砦の北東域にある北往路との連絡路は、瓢箪の頭部のようにせり出す

大湿原の一画と北方を東西に流れる河川によって挟まれており、

城砦側からみた場合、北東へ進むに従い徐々に閉じていく

漏斗の如き様相で往路の隘路へと連絡していた。

そして城砦側から見て最も狭まった隘路の手前付近では

8体の魚人がせわしなく行き来し作業と哨戒をおこなっていた。

すぐ北側の川縁にはさらに7体が待機しており、機を見ていつでも

飛び出せる態勢を整えていた。


8体の魚人たちは古錆びた手槍や剣を装備し、前掲気味にひたひたと

歩きまわっており、兜や甲冑の破片に川水を汲み、しきりに

付近一帯に撒いていた。さながら打ち水のごときこの挙措は

陸上での能力逓減を極力なくすための工夫らしく、付近は河川の水や泥、

水草や藻などでぬかるみ始めていた。また川縁の7体のうち3体は

彩度の高い色違いの個体であり、通常色の4体に命じて川縁の地面を

川中へと削り落とさせていた。こうして一時的にせよ魚人たちは

この隘路との連絡路を自分たちの支配域へと加工しようとしていた。



「埋め立ての真逆の発想なのかな。

 興味深いが迷惑千万だ。準備は?」


偵察の騎兵が様子見していた位置よりもさらに遠方から

遠眼鏡で魚人たちの行動を確認したサイアスは、

背後に控える9騎に対し問いかけた。


「こっちはいつでも大丈夫だ。

 ……ところでお前、マジでやるのか?」


騎兵は返答しつつも問いかけた。


「勿論。何故?」


サイアスは不思議そうに問い返した。


「別にお前じゃなくても良いだろう?」


「駄目ですよ。やはり囮は美味しそうでないと。

 現状一番御馳走に見えるのは私でしょう。

 ヒラヒラでキラキラだし、綺麗だし美形だし」


サイアスはさも当然のようにそう答えた。すると


「一点だけ補足しておくぞ。

 一番綺麗で美形なのはこの私だ。

 まぁこうも重装備では流石に魅力が伝わり難いが」


サイアスの真横につけているヴァディスが追加の主張をした。


「何だこの姉弟……」


騎兵たちは胡乱な目でお困り様の指揮官と参謀を見比べ、


「ま、好きにさせとけ。

 きっちり御供は務めてくるわ」


とのラーズの言に、肩を竦めて諦めた。



埋め立てとは真逆の「塗り込め」によって陸地を自らの領域とし、

ゆくゆくは水中に没せしめ己が国土にせんとの壮大な気宇を

本当に有していたものかどうか。作業に没頭していた魚人たちは、

南西から迫る馬蹄の響きと3つの騎影を察知した。

実の所、魚人の狙いは第一義として誘引であり、3騎であれば

丁度いいカモだと判じたらしく、川辺に潜む7体までもが上陸して

布陣を敷き、速やかに迎撃態勢を整えた。ひたひたと慎重に歩いていた

8体を含めいずれも俊敏な動きをしており、一見馬鹿げた水遊びが

馬鹿にならない効能を持っていることを明確に示していた。



やがて3騎のうち先頭の1騎が加速し、槍を掲げて迫ってきた。

馬の顔や胸前を覆う装甲が陽光を反射し、僅かに覗く漆黒の毛並が

時折金の光芒を走らせていた。馬上に在るのは風に舞う羽衣の如き

白と蒼の鎧に身を包んだ華奢な若武者であり、その煌びやかな

様相から、魚人たちは一目でこれがとびきりの獲物であると見抜いた。

15体はこの極上の御馳走を何としても捕えて食わんと決意を固め、

微塵も撤退の意向を感じさせることがなかった。



歩数にしておよそ50歩。

魚人たちは殺到する1騎に対し、

手にした槍や石を投擲すべく構え始めた。


40歩。騎馬の勢いはなおも増し、魚人たちはほくそ笑んだ。

ぬかるみつつある狭所の布陣をたった一騎で破ることは困難であり、

獲物は遠からず集中砲火の餌食となると確信していた。


30歩。殺到する騎馬が跳躍した。

それを見て他の12体とは色の異なる3体の指揮官らしき魚人が

ぶくぶく泡を吐いて嘲笑した。騎馬は投石を待って跳躍すべきだったのだ。

落下地点やタイミングの予測は容易であり、色違いの指揮官衆は

この騎馬の愚行を見て取り身震いしつつ何事かを発した。

その挙措に弾かれた様にして魚人たちは着地点を狙い一斉に投石、

槍は近接しての止めに残し、投石後突進を開始した。


20歩。魚人たちは呆気に取られていた。

低く抑えた弾道で着地点に向け放たれた石は、しかし

一つも騎馬を捉えなかった。騎馬が着地しなかったからだ。

騎馬は宙を駆けていた。高度と速度をほぼ維持したまま虚空を踏みしめ、

唖然とする魚人たちの上方を駆けていた。


次の瞬間、魚人の布陣中央に槍が生えた。

宙を疾駆する騎馬が左旋回と同時に槍を投げつけたのだった。

槍は中央に陣取る色違いの指揮官へと飛来し、

慌てて顔を上げ、驚き開いたその口に深々と突き立ち、串刺しにした。


跳躍と呼ぶにはあまりに長い滞空時間を経た騎馬は

既にふわりと着地して、その場でくるりとさらに左旋回し

再び魚人たちへと向き直った。状況についていけず足を止めた

魚人の群れのうち、2体目の色違いが血を噴いて倒れた。

騎馬から振り向きざまに投げつけられ、空を切って飛来した

くの字の形をした剣が、そのエラ下に突き刺さっていた。


「これで頭はあと1体だ。どうする?

 退くなら逃さんこともない」


サイアスは嘶くミカの首を撫でつつ

魚人たちにそう語りかけ、不敵に笑った。

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