サイアスの千日物語 四十四日目 その四
外郭北門の東に併設された第四戦隊の厩舎にやってきた
サイアスたちは、各自の馬の下へ散っていった。
選抜された8名の騎兵はいずれも専用馬を所持しており、
装備は敏速に整えられた。サイアスとラーズの使用馬に関しても
事前に連絡が入っており、ミカとグラニートには掛け布が着せられ
既に鞍が置かれていた。
ミカは掛け布に加え、頭や首、胸等に部分鎧を纏い、
随所に飾り紐を帯びていた。朱や藍に染め抜かれたそれらは
ミカの漆黒の毛並を一層引き立て、時折走る金毛の煌めきは
さながら夜空を駆ける流星であった。
「やぁミカ、凛々しいな! 今日は宜しく頼むよ。
こんにちはグラニート、こっちは配下のラーズね。
神箭手なんだ。共に大活躍してくれ」
「おぃおぃ、いきなり追い込まんでくれ。
まぁ宜しくなグラニート」
サイアスは褒められて喜び嘶くミカに屈託ない笑顔を返し、
ラーズは苦笑しつつグラニートの手綱を取った。
グラニートには鞍の後方左右に箙が取り付けられており、
それぞれ10本の通常の矢が収められていた。
ラーズは自身も箙を携行しており、そこから通常の矢を
左右の箙に分けて収め、総計50本の矢を装備することとなった。
常に残矢を気にして戦うラーズには、またとない有益な備えであった。
「さて、行くか」
サイアスは厩務員に一旦槍を預け、
早く乗れと体当たり気味に催促するミカに騎乗した。
ラーズには移動で騎乗した経験があり、またグラニートは
この厩舎の軍馬の中でもとりわけ気性が穏やかであったため
問題なく出立の準備が整えられた。
サイアスは厩務員が恭しく差しだす槍を受け取ると、
右手で短く掴んで指揮棒代わりに前へと差し出した。
「出立しましょう。北門外で整列を」
「おぅ。頼むぜ指揮官殿」
騎兵たちは頷き声を掛けつつ厩舎を出立し、
サイアスとラーズも後に続いた。
外郭北門は開門状態を維持しており、内外には小隊が展開していた。
城外の部隊が本隊のようであり、内部の隊の指揮官が敬礼と共に促すまま、
サイアスは外部に展開する30名前後の部隊の下へ向かった。
騎兵たちはその隊の西に待機しており、ラーズはそちらへと先行した。
「馬上より失礼。
第四戦隊騎兵隊を預かるサイアスです。
状況の確認をさせて頂きたいのですが」
サイアスは指揮官らしき初老の兵士に声を掛けた。
「よくぞ参られた、サイアス卿。
こちらは第一戦隊セルシウス大隊所属、ガーウェイン中隊。
私は中隊長のガーウェインです。
戦隊副長セルシウスの命により、日中の北門警備を担当しております。
現状周辺域に目立った変化はありませぬ。
既に陣営構築が完了しておるため、北方についてはむしろ
向かわぬ方が良いでしょう。罠を壊す可能性もありますからな。
しかるにここから北東の北往路との連絡路と
城砦西側の岩場の手前、南北に伸びる回廊部分を巡回頂き、
その後南門へと向かわれるのが宜しいでしょう。
南門にはセルシウス副長が居りますので、
以降に関してはそちらへご確認いただきたい」
かつてはトリクティア機動大隊の千人隊長として一軍を率いた
ガーウェインは、若輩の指揮官に眩しさを感じつつも、
侮ることなく丁重に応答してみせた。
「了解しました。
ではまずは北往路との連絡路を確認して参ります」
サイアスは頷いてガーウェインに敬礼し、上体を左方で待機する
配下へと向けた。それだけでミカはサイアスの意図を察し、
指示されるまでもなくその場で旋回し騎兵らへと向き直った。
「進路北東。北往路との連絡路を調査する。
一班は先行し偵察を。二班は私とともに通常行軍を」
「了解! 先行するぜ」
返答するや否や、4騎が北東へとすっ飛んでいった。
残る4騎とラーズはサイアスの斜め後方左右に付き、
ガーウェイン小隊の敬礼に見送られ、6騎は並足で北東へ進んだ。
サイアスら6騎が城砦を離れ暫く進んだ頃、
先行していた4騎のうち2騎が戻ってきた。
「サイアス。北往路の隘路出口に魚人が居る。数は15。
輸送部隊狙いの伏兵か斥候か、その辺りだろう」
「輸送部隊の予定は?」
「宴が片付くまで行き来はないぞ。
ただし戦況によっては特急便もあり得る。
ともあれ現時点では予定なしだ」
「河川の眷属は先だっての戦いで
かなり損耗しているはずでは」
「それはその通りだ。
残党はあっても、大規模な作戦行動を取れるほどには残ってない。
要するに宴には関係のない手合いだな」
「ふむ……」
「残り2騎が見張ってる。
距離は十分に取ってるが、連中耳が良いからな。
馬蹄の響きでこちらの動きを察知している可能性はある。どうする?」
「宴後の作戦展開に関わる可能性があるので
戦意だけは見せておき、支配域とされるのを防ぎましょう。
戦闘態勢で接近し逃げるなら良し、踏みとどまるなら踏みつぶす」
「よしきた! 連中呼び戻してくるぜ」
言うが早いか一騎が北東へと駆けていった。
北往路の戦いにおいては、兵士そのものを狙った伏兵を敷かれ
二戦隊の偵察部隊が危地に陥った経緯もある。深追いは禁物だと
サイアスは考え、機動力を活かした一撃離脱の戦術を模索していた。
と、そのとき。
ドコタッ、ドコタッ、ドコタッ。
重厚ながらも小気味よい馬蹄が南西から迫ってきた。




