サイアスの千日物語 四十四日目 その三
午前9時半。詰め所に設計図を抱えたランドが現れた。
第四戦隊仕様の煮詰めた皮革鎧「クイルブイリ」を装備し、
腰には短剣。手には鉄槍を持っていた。
四戦隊のクイルブイリは随所に鋲を打って強度を増し、
さらに金具が取り付けられ、適宜装甲版を増設したり
ホプロンより強度の高い騎士盾を装着できるよう
工夫が凝らされていた。ヒーターは肩幅程度の下方が尖った
方形の盾であり、肩にベルト留めし二の腕を通して用いる厚手のもので、
動作が制限されるものの、ホプロンの倍近い強度を誇っていた。
総合して、状況次第で盾使いを担う可能性を視野に入れた
ランドらしい装備の選択だといえた。
「おはようございます。
組立てはどこでやれば良いですか?」
「ん、台車か? デカめなら表だが、ちと暗いかな。
入り口周りを片付けて、そこでやってみたらどうだ」
「了解です」
ランドはデレクの指示に従い、入り口付近に空き場所を作りつつ
机や椅子を組み合わせて台や支柱にして即席の作業場を作り出し、
倉庫と行き来しながら台車の組み立てを開始した。
素材の加工は既に資材部で済ませてあるらしく、図面を確認し
細部を修正しつつ、てきぱきと作業を進めていった。
「サイアス隊はかなりの異能集団だな……
特務隊内の特務隊とか言われてるのも納得だぜ」
「そんな風評が……」
兵士の呟きにサイアスが驚いた。
「変わり者筆頭のお前が驚いてどーすんだ」
別の兵士がそう言って笑ったが、サイアスはケロリとして
「私は至極普通です。
おかしいのは世評。間違っているのは世界です」
と言った。これを聞いた兵士らは
「あーはいはい。
剣聖閣下みたいなこと言ってんじゃねぇよ」
「まったくだ。剣技以外は見習うなよ?
赤黒おじさんはどっちも悪い大人の見本だぜ?」
と周囲一帯を巻き込んで大笑いし始めた。
「戻ったぜ。何だか楽しそうだなぁ」
と、そこに、防壁上の巡回に出ていた
ラーズと数名の兵士が戻ってきた。
「よーお帰り。どうだった」
「東西の防壁で、日も高いのに接近してくるヤツがちらほらと。
斥候の類にしちゃお粗末な気もしましたが」
「そうでもないぜ。
連中俺らの知らない手段で意思伝達してる可能性がある。
要は探りの捨て駒ってとこかな」
ラーズの言に供回りの一人がそう述べた。
「ほぅ、すると仕留めて良かったのかどうか……」
「良いんじゃね?
特に生かして帰す理由も無いしなー
そもそもお前、試し撃ちに行ったんだろ。
撃ったら当たるし当たれば死ぬ。それだけのことだ」
「はは、まったくもってその通りで」
ラーズはデレクや兵たちと軽く笑った。
「北と南はどうだった」
「野戦用の陣地が仕上がってたぜ。
鉄塔も綺麗に揃ってたわ」
デレクの問いに戻りの兵士の一人が答えた。
鉄塔とは闇夜での視界を確保するために一定の間隔で陣地に建てられた
鉄製の櫓状の塔で、上部には油樽と篝火そして反射板が取り付けられ、
周囲の地面には油が撒かれていた。仮に眷属がこれを引き倒した場合、
周囲一帯は火の海となり、炎の壁となって侵攻を阻む仕掛けでもあった。
「順調に仕上がってるな」
「東や西から攻めてきた場合はどう対応するのですか?」
「どっちも大群が展開するには足場が悪いからな。
ちんたらしてる間に攻城兵器で雨アラレだ。
二戦隊もあちこちに潜んでるしなー」
「ほほー」
その後もデレクやサイアス、兵士たちは様々に歓談した。
何度目かの伝令から戻ったシェドや休憩中のラーズは
ランドの作業を見物したり手伝ったりして時間を潰していた。
「そろそろ11時だな。サイアス、出撃準備だ。
8名連れていけ。4騎一組の2班を率い、
後方から指示を飛ばして動かすといい。
北門外に第一戦隊の哨戒部隊が居る。
状況を確認し、要請があれば適宜応じてやってくれ」
デレクが書状と時計を確認してそう言った。
「了解しました。
それでは厩舎へ向かいます。ラーズ」
「あいよ、御供するぜ」
サイアスとラーズは出立すべく立ち上がった。
「サイアス。騎兵をやるのは二度目だな。
まぁ極力戦闘は避けておけ。
歩兵に退路なく、騎兵に退路ありだ」
「了解です。寄ってきたら
すり抜け切り捨て逃げきります」
デレクの助言にサイアスは頷き答えた。
「ははは、まぁそんな感じだな。
いざとなったら退却指示出して全力で逃げてこい。
逃げ足はこいつらの方が早いから気にすんな」
「デレクに鍛えられてっからな。
こいつなんて、指示出した時には既に逃げ終わってるんだぜ」
デレクの物言いに兵士らは笑った。
「はて、何のことやら。
馬の体力にも気を遣ってやれよ。
不要な早駆けはさせんようになー」
デレクは細々と諸注意を与えていった。
「まぁ後はおいおい何とかなるだろ。
お前ら、ちゃんと面倒見てやれよー。
サイアス、ヤバくなったらこいつら囮にしろ。
8騎盾にすりゃ流石に逃げ切れるだろう。
とにかく落ち着いていけ。騎手が焦ると馬も焦るから。
あぁあと細いので良いから槍も持ってけ。剣より楽だぞ。
おい誰か槍を、っとよし、これな。んじゃいってらー」
言いたいことを言い尽くしてひと心地ついたのか、
デレクは供回りが倉庫から出した細身の槍をサイアスに手渡し、
満足げに頷き手を振ってサイアスら騎兵隊を見送った。
「やれやれ、オカンかっつーの……
ほれ、行くぞサイアス。んじゃお前らまた後でなー」
騎兵となる兵士らは肩を竦め、サイアスやラーズを促し営舎を出た。




