サイアスの千日物語 四十三日目 その十三
宴の緒戦が翌日に迫っているためか、あるいは単にブークの趣味か
第三戦隊営舎一階の女性寮側の食堂を借り切って行われた
演奏会の打ち上げとしての茶会は、文字通り酒類抜きで行われた。
開催に先立ち第三戦隊長ブークから、サイアスがベオルクより拝命し
後にブークも連命することとなった「計略『鼓舞』遂行令」の
顛末が報告されることとなった。
当初サイアスがベオルクに課せられた目標は補充兵の士気値を
30上昇させることであったが、成果値は80と三倍近く、
補充兵から満ち溢れた士気が他の兵士らにも好影響を与え
城砦兵士全体の士気をも10強高揚せしめたとのことであり、
戦局全体に好影響を与える記録的なこの成果に対して
騎士団は最大限の報酬を以て報いることを是とし、第三、第四戦隊長
及び騎士団長の連名で関係者に以下の報酬が下賜されることとなった。
まずは当日現場にて舞台を設営し、演奏会成功の土台を築きあげた
資材部職人衆及び第三戦隊工兵部隊員総勢30名に対し、
各人に対して勲功3000点が与えられた。これは眷属数体を単騎で
撃破した報酬に等しく、職人や工兵にとっては破格の実入りとなった。
次に実際の演奏に携わった指揮者ブーク以下サイアスら演奏者たちには、
宴の後処理が済み次第製造される予定の城砦騎士団特製ヴァイオリンが
順次贈与されることとなった。
ヴァイオリンには現時点では仮想の存在である城砦騎士団軍楽隊の名称と
隊内の通し番号が刻印されるとのことであり、戦隊長ブークが1号、
以降騎士から順となり、サイアスには5号、ラーズには7号が予約された。
演奏者たちは勲功を与えられるより遥かに喜んでこれを受け入れ、
一同はすっかり上機嫌となって茶を喫し歓談した。
サイアスを含め多くの者が奏楽の心得のある集団であり、
歓談の内容は自然音楽に関するものとなった。音楽に関する話題となれば
では一つ論より証拠、百万言より一小節を、となるのは至極当然であり、
サイアスはここぞとばかりに懐から横笛を取り出した。
すると抜け駆けは許さじとばかり、誰もが同様に隠し持っていた
楽器を取り出して、歓談の声は楽器の音色へと変じていった。
いつしか食堂は劇場と化し、周囲には人だかりができていた。
一様に上機嫌となっていた演奏者たちはますますもって調子に乗り、
互いの調べに即興であわせ、茶会はもはや演奏会となった。
こうして外が闇に染まるまでひたすら奏楽に明け暮れた趣味人たちは、
いずれ再び集うことを約し、笑顔で辞して各々の営舎へ引き揚げていった。
「戻ってきたか。
……やけに朗らかな顔だな、お前たち」
午後6時過ぎ。営舎に戻ってきた騎士2名兵士長1名を含む
戦隊幹部衆たるサイアスらは、幹部としてはただ一人留守番をしていた
騎士長ベオルクに恨めしそうな顔を向けられた。
「えぇ、とても楽しませて頂いたわ。
是非またお願いしたいものね」
マナサはしれっとそう言って微笑み、
ベオルクは不満げに顔をしかめてヒゲを撫でた。
「まぁ良い。ワシは勝手に茶菓子でも食う。
それより、だ。お前たちそこに座れ。
簡易の軍議を執り行う」
「ほーい」
デレクの間の抜けた返事とは裏腹にビシリと気配を切り替えて、
マナサ、デレク、サイアスの3名はベオルクと対面して着席した。
ラーズは一足先に居室へと戻っていった。
「まずはサイアスに命名の件の報酬を渡しておく。
勲功5000だ。隊に付けておく。これには絵の報酬も入っている。
さらにランド個人に対し、参謀部から眷属全種の絵を描くようにとの
追加依頼が来ている。詳細は後でこの書類を見てくれ。
それとな。名も絵もいたく気に入ったローディス閣下が
サイアス一家宛に褒美を下された。ワシからも追加しておいた。
赤と黒の羅紗を各10反と金銀の糸だ。揃いの衣でも作るといい。
倉庫に入っている。後で人を寄越して引き取ってくれ」
「はっ。有難うございます」
「うむ。さて本題だ。
まずは指揮官たるお前たちに此度の宴における戦域図を渡しておく。
縦横の数字は座標だ。縦、横の順に読め。例えば城砦南門の座標ならば
5-15といった具合だ」
ベオルクは卓上を滑らせて3名に図面を渡した。
右上方に城砦が、全体に渡って正方形のマス目が刻まれ、
上端と左端には数字が列記されていた。
「明日からの軍令にはこの座標を用いることとなる。
およその数字は叩き込んでおけ」
「判りました」
デレクは図面を眺めつつそう答えた。
「次に、明日からは城砦全体が完全に夜型になる。
四戦隊としては常通り昼も夜もないのだが、
日中、他戦隊が余力を失うため、その穴埋めをすることになる。
昼間は我々で城砦周辺域の巡回等を行うぞ」
「判ったわ。
夜はどうするのかしら?」
「夜間はワシが備えておく。
また、マナサは追跡任務に専念して貰う。
これまで通り、やりやすい様にやってくれ」
「えぇ。そうさせて貰うわ」
「デレクは明日以降サイアスと組んで日中の警邏だ。
実働はサイアスに任せてお前は指揮に専念せよ。
拠点突入の前にヘバられても困るのでな」
「了解ー。
サイアス、配下の小隊はディードに預け、お前は騎馬隊を頼む。
何なら俺の馬を使ってもいいぞ。ミカでもいいけどな」
「了解しました。有難うございます。
今回は慣れているミカにしておきますね。
しかし騎馬隊ですか。付いていけるかな……」
「大丈夫だ。連中がお前に合わせる。
指示だけ出してコキ使えー」
「成程、了解しました」
デレクが笑って励まし、サイアスは生真面目に頷いた。
「明日以降の日中の具体的な行動については
早朝に参謀部より連絡が入ることになっている。
日中に夜間への備えをし、夜間に戦闘し、翌朝からは
次の夜に備える。これを片が付くまで繰り返すわけだ。
とはいえ我ら四戦隊の本番は宴の後にある。
常に全力で挑みつつも、次なる戦に余力を残せ。
無理難題を鼻歌交じりでこなすのが四戦隊の流儀だ」
ベオルクはニヤリと笑ってそう言い、
「明日以降は基本、甲冑で過ごすことになる。
今夜はしっかりと休んでおけ。以上だ」
と告げ、席を立って居室へと戻っていった。
マナサ、デレク、サイアスの3名は敬礼してこれを見送り、
暫し打ち合わせを行った後、それぞれ居室へと引き揚げた。




