サイアスの千日物語 四十三日目 その九
防具について一通りの確認を終えたサイアス一家は
引き続き武具の調子を確かめ始めた。
サイアスの八束の剣やデネブのギェナーは打ち直しのみであったが、
切って捨てた多くの眷属の血が染み入ったか、幾度となく打ち鍛えられた
刃の地肌は徐々に鋼らしさを失い、紫だちたる淡い輝きを放ちだしていた。
「あんたらの武器にも何か憑いてそうね……」
そう言ってシゲシゲと眺め首を傾げつつ、
ロイエは新調した二種の武具、戦場剣と戦斧を手に取った。
ロイエの戦場剣は全長に比してリカッソが長めであり、
柄とほぼ同程度の長さを持っていた。
刺突や斬撃といった単純動作のみならず組討ちや棍術も見据えた
汎用性重視の仕様であり、その一方で切っ先は長く鋭く、
踏込み振りかぶっての斬撃よりも、柄を右手、鍔を左手に握って
腰だめに構えての突撃に向く形状となっていた。
一方の戦斧は完全なる斬撃特化の出来であった。
背丈に近い細身の柄の先端には錘を兼ねた掌程の基部と、
それとは別体形成された、曲刀の切っ先の如き鋭利な刃が
上下逆な状態で固定されていた。この刃は交換可能であり、
やや形状の違うものも含め数枚替え刃を携行し、
適宜交換しつつ敵を斬獲するようだった。
「文句なし! どっちも注文通りだわ!
あとは月下美人の写し、楽しみねー」
ロイエは剣や斧を棍の如く巧みに振り回し、調子を確かめ頷いた。
刺突を中心として汎用性に富む戦場剣と斬撃特化の戦斧を使い分け、
前方に立つディードの作った隙に持前の敏捷さを活かして突出、
必殺の一撃を見舞う強襲戦術がロイエの担う役割「切り込み」であり、
これに加えて投槍や合成弓による「飛兵」をも兼務し、
完全なる後衛としての地位を確固たるものとしようとしていた。
「そいえばベリル。
月下美人の写し以外に武器を頼まなかったでしょ?
倉庫で良さげなの見つけてきたわよ」
ロイエは分捕り品の包みから一本の小剣を取り出した。
概ね肘から伸ばした指先辺りまでの刃長を持つ
木の葉に似た形状の刃を持つその剣は、通例自分側に
湾曲する刃が敵の側へと反っており、鍔は無く柄の境界付近の剣身には
小さな切り込みが入っていた。鋭利な刃は滑らかな湾曲を見せるものの
剣身や峰自体は強靭な直線を成しており、半ば辺りで鈍角に折れ曲がった
独特の形状を成していた。一言で表現するなら、鉈や斧風の剣であった。
「変わった姿の剣だね……
というか刀なのか斧なのか」
サイアスがその様に感想を漏らした。
「『ククリ』よ。大抵の用法で使えるわね。
見た目に反して重量配分も良い具合だし、
ぶん投げるにもいいわよ!」
「ほー……
確かに投げるなら手斧よりこっちだな……
倉庫にまだあるの?」
「もう無いわ!
何せ全部持ってきたもの!」
そういうとロイエは形状や大きさの微妙に異なる
10振りのククリを取り出して見せた。
「おー、酷い、じゃなくて凄い。
流石ロイエンタール」
「でしょ!
……あとでたっぷり可愛がってあげるわ。
覚悟なさい!」
自分用に1振りククリを拝借しつつ、
これはたっぷり甘いものを食べさせ忘却させねば、
とサイアスは策を弄し始めた。
「デネブの盾と似ているわね」
ニティヤがディードの装備した盾を見てそう言い、
裏付けるかのようにデネブが並んで自らの盾を掲げてみせた。
ディードの盾は第一戦隊の精兵用特殊盾「メナンキュラス」を
さらに小型・軽量化したものだった。イチタテことメナンキュラスは
内臓する衝撃吸収機構のためかなりの重量を誇っていた。
ゆえにこれをディードの体格に合わせ軽量化した結果、
盾としての防護面積はデネブの持つ標準型の6割程となっていた。
ディードのメナンキュラスにはさらに装着用の小手が
一体形成されており、小手部分を装着すると金属の枝腕の補助によって
盾を手で持ったり腕に固定したり、と複数の用法を可能とする工夫が
凝らされていた。この枝腕を伴う装着機構は堅牢かつ可動性が高く、
まるで二の腕からもう一本腕が生えているかのようによく動いていた。
「これなら……
これならば存分に役目を果たせる」
ディードは自らの言葉を噛みしめるかのように
深く頷き、不敵に笑った。
「この盾には武器も内臓されています。
こうすると……」
カチリ、次いでジャキンと音がして、盾の下部から刃が飛び出した。
「この刃は射出することもできるようです。
戦場で決して遅れは取りません。
我が君よ、右の護りはお任せください」
ディードはそう言って敬礼し、微笑んだ。
「それでこそ我が盾だ。宜しく頼む」
サイアスは笑顔で頷き、ディードと握手を交わした。
そして交わした握手そのままにディードの手を引き、
ニティヤやロイエらの方へと誘った。皆に囲まれ笑顔で話す
ディードの表情からは、内心燻っていたであろう不安や
鬱屈の陰が霧消して、すっかり歴戦の勇士に戻ったようだった。




