サイアスの千日物語 四十三日目 その七
着なれた鎧では無いということもあってか、
ディードの着付けはやや難航しているようだった。
鎧下は平時の装束と同じく前で合わせる長着であり、
鎧下を羽織り掛けの状態で付属していた説明書をデネブやニティヤと
共に見やっていたため、時折腕のない左側がはだけてしまっていた。
ディードの傷跡はかなり大きなものだった。
左鎖骨のやや下辺りに羽牙の犬歯で穿たれた跡がまだ残っており、
負傷直後にベリルが騎兵に施した血清投与等の適切な処置を
行わなかったがために神経が死んで左腕が麻痺で動かなくなり、
その状態で大ヒルの苛烈な攻撃をモロに受け、腕は胴体を庇って
もはや腕でなくなり、再生が見込めず切除に至ったとのことだった。
治療にせよ再生加速処理にせよ迅速な処置が最重要とされており、
時間が経つほど期待値は低下した。そのため、
負傷後サイアスに発見されるまで放置状態にあったディードの場合、
命が助かり痛み切った右腕が元通りになっただけでも奇跡的といえた。
サイアスはディードの傷跡をじっと見つめ、
当時のことを思い出し、よく助かってくれたものだと感謝していた。
「……我が君」
ディードはそんなサイアスに躊躇いがちに声を掛けた。
「その……
どうせならいやらしい目で見て下さい。
私もまだ年頃ですので……」
ディードは寂しそうに笑った。
22と未だ若く、気位の高いディードとしては、
いたましげな視線で傷跡だけを注視されるのは辛いようだった。
「あ…… ごめんごめん、そうだよね!
ちゃんといやらしい目で見るね」
サイアスは慌てて取り繕い、
そう言ってからハッとした。
「……今何つった……」
ロイエがドスの利いた声でそう言い、
ニティヤがマナサばりの冷徹な視線でサイアスを射抜いた。
ディードはと言うと、小さく舌を出して笑っていた。
ここは荒野。常在戦場にして一瞬の油断も許されぬのだと
自らを強く戒めつつ、サイアスはロイエのくすぐりによる処罰を受けた。
鎧下を纏ったのみで一向に着付けが進まず、
くすぐりを受けてぐったりしているサイアスをよそに、
ディードの着付けは四人がかりでわいのわいのと進められた。
ディードの甲冑は、横長に広がる平原の東西の如く
左右でまるで異なる構造になっていた。
隻腕となって動きが減り、また防御が難しくなった左上半身は
ひたすら高硬度に鍛造された薄い金属板を多用した
西方風の甲冑になっていた。
一方腕が健在で左腕の分も激しく動くことになる右上半身は
金属板や皮革からなる色とりどりの小札を細かく繋いで
強度と柔軟性をもたせた東方風の縅鎧となっていた。
総合するとやや縅の部分が多く、金属製の左半身をはだけたような
外観にまとまっており、他部位も含め一式装備すると
勇壮さと優美さを兼ね備えた大変華々しいものとなった。
「できた!
おー、すっごいわね。姫武者って感じ!」
ロイエの感想にニティヤやベリルも頷いていた。
「東方鎧の一種で、片肌脱胴具足というそうです。
本来は装飾要素である胸部装甲の左右非対称性を、
機能面を重視して再構築して再現したのだとか。
斯様に素晴らしい贈り物をくれたかつての仲間には
いくら感謝してもしきれません」
ディードは目を伏せ、静かに頷いた。
「やっぱ持つべきものは女友達よね!
女だけで軍隊作った方がよっぽど強くなる気がするわ」
「それで男だけの軍隊と時空を超えて戦うのね。
胸が熱くなるわ……」
女子衆は何やら物騒な話題で盛り上がり始めた。
「サイアスはどうすんの?」
「女で通用するでしょう。
黙っていれば絶対にバレないわ。
何なら提督として指揮だけさせるとか」
ニティヤが再び突拍子もないことを言い出した。
海なんて見たこともないんだけれど、とサイアスは心中溜息を付いた。
「……ちょっとサイアス。
いつまでそんな恰好してんのよ!」
ロイエがそのように指摘した。
サイアスは鎧下のみ着用した状態であった。
襞の多い純白のゆったりとした鎧下は動くと陰影を伴って
ひらひらと揺れ、防護性より装飾性を強く追求したもののようだった。
一言でいえば、それは踊り子の衣装のようだった。
「まぁ良いわ……
皆で掛かればすぐ済むでしょう」
「え? いや一人で着付けできるよ?」
ニティヤの物言いにサイアスが反論したが、
「問答無用! 掛かれー!」
とのロイエの楽しげな号令一下、
サイアスは重囲され拘束されて着付けされる羽目になった。




