サイアスの千日物語 四十三日目 その六
居室に戻ったサイアスたちは
新たな玩具を得た子供の如くに目を輝かせ、
早速新装備の具合を確かめることにした。
ガチャリと施錠し部外者立ち入り禁止として
女子衆がわいわい騒ぎながら着替えだしたので、
サイアスはさっさと書斎兼寝室へ向かおうとした。が、
「どこ行くのよ。
ここで着替えればいいでしょ!」
とロイエに咎められた。そして
「あんたに見られて困るものなんてヘソクリくらいよ!
ほらさっさと着替えなさい!」
とのたまうロイエに対し、
「むしろサイアスが見られたくないんじゃない?
見目麗しい歌姫だから」
とニティヤが茶化し、
「生意気な! 許さん! こっち来なさい!」
と何故か逆ギレされ、並んで着替えさせられるハメになった。
ヘソクリの方が見られると困るのか。成程な、などと納得しつつ
サイアスはディードやベリルの方を見たが、そちらはそちらで
まるで気にした様子がなかったので、まぁ良いか、と
あっさり開き直ることにした。
全身を覆う甲冑であれ、上半身のみを覆うような部分鎧であれ、
装甲板の組み合わせたる鎧なるものを着用する際には、
まずは鎧下を身に着ける必要があった。
鎧下には鎧の金属部分や金具、突起から肌を護り、かつ被弾時の衝撃を
緩和すべく綿入りとなっていたりと多様な工夫が施されており、
装甲の無い部分は鎧下自身が装甲代わりとなり得るだけの強度をも
備えていた。汎用品の部分鎧であれば、やはり汎用品の鎧下から
派生したガンビスンに直接留めつけることで十分に機能するのだが、
特注の専用鎧となると鎧下も専用のものが用意されるため、
上下とも一通り着替える必要があった。
「あんた……
なんでそんな肌綺麗なの……」
襞の多い専用の鎧下を着用すべく半裸となったサイアスを
ジロジロと見ながら、ロイエが恨めしそうにそう言った。
「さぁ、知らないな……」
サイアスは別段の感慨なくそう言ってロイエを見やった。
「……何よ」
「いや、別に……」
それがどんなものであれ、迂闊に感想を漏らせば
ロイエあるいはロイエ以外に絞め落とされるに違いないと悟り、
サイアスはノーコメントを貫いた。
「あら残念ねー。
君の肌も綺麗だよ、くらい言えないの?」
「沈黙は金」
「はぁ?」
「髪、綺麗な金色だね」
「そうでしょ! 自慢なのよね!」
ロイエの機嫌はすっかりよくなった。
サイアスは今日も綱渡りを成功させたのだった。
真っ先に鎧を付け終わったのはロイエだった。
ロイエの鎧は革鎧と鎖帷子の複合品であり、組成上は
トリクティア機動大隊の百人隊の鎧と同様であったが
比率はまるで逆転していた。
百人隊の鎧は鎖帷子の肩や肘に革の当て物が施されていたが、
ロイエの鎧は主要部分が煮詰めた硬質な皮革であり、
関節等動きのある部分のみ鎖帷子となっていた。
そのため外観はほぼブレストプレートであり、黒い薄手の鎧下が
覗いて見えるのは首と二の腕、腰下程度で後者二部位には別途
同素材の小手や草摺りが付いていた。
マレアの採寸は完璧であり、過不足なく密着した鎧は
しなやかな肢体の線を出しており、切り込みとしての運動性を
損ねることなく十分な防御力をもたらすことに成功していた。
「革は鑷頭の背の皮を使うって言ってたわ。
硬いし軽いし動きやすい。もう金属鎧には戻れないわね……」
ロイエは鎧の出来栄えにいたく満足し、
ベリルやディードの着付けの手伝いにまわった。
ベリルの鎧は成長途上であることを考慮してコートオブプレートが
採用され、プレートには金属板の代わりにロイエのものと同様
鑷頭の背の皮を煮詰めた皮革が用いられていた。下地となる布鎧には
瞳の色と合わせた濃緑色が採用され、金細工で縁取りされた
衛生兵の腕章が一体となって縫い付けられていた。
小手や草摺りも布鎧に縫い付けてあり、さらに緻密な作業に向く
薄手の手袋が付随していた。この手袋は薄手ながら非常に丈夫であり、
鑷頭の腹の皮を使ったものだということだった。
ベリルにはさらにサイアスが空中戦の戦利品として持ち帰った
羽牙の翼で作った帽子が与えられており、セラエノの風切羽をあしらった
それはとても出来がよく瀟洒であり、ロイエらも自分用を欲しがっていた。




