サイアスの千日物語 四十三日目 その五
ランドが自室へと引き揚げた後、
サイアスとロイエ、デネブの3名は工房から届けられている
であろう装備を引き取りに、詰め所と倉庫へ向かうことにした。
「そういえばディードの装備は?
まだなら今からでも工房に行くけれど」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます。
二戦隊の女性陣が餞別に専用の甲冑を持たせてくれましたので。
盾についてはこれまでの勲功を用いてやはり専用のものを
発注しています。最優先でお願いしたので、
一緒に届いているかも知れません。ともあれ、私も御供を」
「判った。一緒に行こう」
原隊であればこうした場合、待ってろいや行くと言った
気遣いと気位からくる押し問答を挟むことも少なくなかった
ディードだが、サイアスは実にあっさり同行を認めた。
サイアスは絶対に譲れぬ事柄以外はまるで拘らぬため、
ディードには非常に仕えやすい主だった。
「おぉ、お早うサイアス。
……ディードよ。えらく機嫌が良さそうだな。
新しい環境にはもう馴染んだのか?」
書状に目を通しつつ供回りと打ち合わせをしていたベオルクが、
一礼して詰め所へと入ってきたサイアスらに
好奇心交じりの笑顔で声をかけた。
「お早うございます。
理想の環境です。決死の覚悟で護り抜きます」
「ほぅ」
ベオルクはヒゲを撫でつつ満足げにしていた。
「覚悟はともかく死ぬのは駄目だよ。
その後護れないだろう?
デネブもだよ。頑丈だからと無茶しないこと」
「ハッ。御意に。我が君」
ディードは深々とサイアスに頭を垂れ、
デネブもまた頷いて約束した。
「ハハハ。二人とも、無茶だらけのお前にだけは
言われたく無かろうがな」
ベオルクはそう言って笑い、
ディードとデネブは大仰に何度も頷いていた。
サイアスは素知らぬ風にツンとして、
「今度そのヒゲにリボン結んでいいですか」
と言い放ち、
「ならんな。ベリルであれば許さんでもない」
とニンマリほざくベオルクに供回り共々肩を竦め、
さっさと倉庫へ向かうことにした。
詰め所に併設された倉庫へと入ると、扉の程近く
未整理の搬入物資が置かれている区画に工房等から届いた品が積んであり、
最も手前ではサイアス小隊宛と書かれた布地が複数の木箱にまたがって
掛けられ、木箱ごと台車に積まれた状態で置いてあった。
到底抱えて運べる分量では無かったため、デネブが押し、
ディードが補助する形で台車ごと居室まで運搬することとした。
ロイエは倉庫の随所に散在するめぼしい小物類を物色し始め、
サイアスは諸事連絡の為ベオルクの下へと向かった。
「そういえば、昨夜はすっかり失念していたのだがな……」
サイアスから陣形やランドの兵器開発に関する報告を受けていた
ベオルクは、話が一段落したところでそのように切り出した。
「先日の城砦北の戦い。未知の大物眷属が居たな?
あの戦闘は二戦隊主導であったため、二戦隊の長であり、
自ら囮となって戦闘しさらにこれを撃破したローディス閣下が
命名権を有しておられたのだがな。閣下はこれを放棄し、
第一発見者である我ら四戦隊のデレクら騎兵隊に譲ると仰られたのだ。
そこで今朝方デレクらにその意向を伝えたところ、配下が
サイアス小隊に命を救われたゆえ、是非ともそちらに譲りたいと
言い出してな…… よって、ややたらい回しの感もあるが、
この件はお前に任せることとする。
閣下曰く、
『あの眷属は実に見どころのあるヤツだった。並みの名では納得できん。
後世に残る素晴らしき名を期待しているぞ』
……だそうだ」
ベオルクはローディスの口調や表情、ククク笑いまで真似てそう告げ、
何気なく見聞きしていた兵士たちが噴きだした。
「ふむ、そうですか…… 了解しました。
確実に閣下を唸らせる素晴らしき名をお約束しましょう」
サイアスは涼しげな表情でそう言ってのけた。
「ほぅ? 何だ、何を企んでいる」
ベオルクは興味深げに身を乗り出してサイアスを見やったが、
「クックック。今に判る……」
とサイアスもまたローディスを真似て誤魔化した。
詰め所は暫しどっと沸いた。
「何よ、楽しそうね……」
と、そこに、幌布に小物をわんさと詰め込んで
両手に提げたロイエが倉庫から出てきた。
バザー帰りの主婦か略奪帰りの傭兵かといったその有様を
兵士らは呆気に取られて眺めていたが、
「今失礼なこと考えたヤツ、コレでぶん殴る」
とみっちり詰まった大包みを掲げて宣告され、
慌てて顔を背け個々の諸事に没頭し始めた。障らぬ神に何とやらだった。
じろりと周囲を見渡した後、興味深げに中身を気にするサイアスに
戦利品の片方を渡して従え、ロイエは意気揚々と
鼻歌交じりで居室へ凱旋した。




