サイアスの千日物語 四十三日目 その四
「さて、二つ目だね……
これは一つ目の兵器部分を
バリスタからマンゴネルに変更したものだね。
バリスタと違って矢が撃てない代わりに
より大きな弾を使えるのが利点かな。
とはいえ難点も多くてね……
まず台車に据え付ける規模のマンゴネルでは、最大の特徴である
『大きな弾』を投射できるという利点が活かしきれない点だね。
もう一つは、マンゴネルはもともと攻城兵器だからね。
飛び切り命中率が悪いんだ。しっかり測量照準して直撃させれば
城壁すら崩し得るけれど、戦場で激しく動き回る小さな的に
直接当てるのは、流石にほぼ不可能なんじゃないかな……
敵が野戦で来る以上、用いるとしたら群れになってるところへ
大ざっぱに放り込んで周囲ごと吹き飛ばすか、ブーク閣下がやった様に
油玉を空中で射抜いて広範囲に炎をまき散らすみたいな使い方に
なるんだろうけど。まぁ命中精度と運用法に難ありなのは間違いないね」
「先だってのブーク閣下のアレは、かなり特殊な部類だろうね」
サイアスはディードやロイエに説明しつつそう言った。
「うわ、あの閣下ってば普通のお役人っぽいのに、
やっぱり城砦騎士なのね。常軌を逸した腕前だわ……」
ロイエはそう言って呆れていた。
「閣下は宴において、弓を用いた特殊な役割を担うことに
なっています。当城砦にとって欠くべからざる存在ですね」
「ほー」
サイアスはディードの発言に興味を惹かれたが、
ランドが慌てて話を元に戻した。
「っと、話を戻すね……
ともあれとかく命中精度に難のある
マンゴネルの弱点を補うために用意したのがこれ」
ランドはそう言うと、棒と取っ手や目盛の付いた円盤を
複雑に組み合わせたからくり仕掛けを手に取った。
「測量と照準を簡便化する装置。単独で兵器を扱うには必須だよね。
実はこのままでは不完全で、これに遠眼鏡を組み込んで初めて
機能するんだ。この装置はマンゴネル以外にも使えるから、
遠眼鏡を数個発注して貰えると有難いなぁ」
「今すぐ発注するわ。
取り敢えずは予備のがあるからそれ使いなさいよ」
ロイエは壁際の棚から遠眼鏡を1個取り出しランドに手渡した。
「おー! ありがとう。
流石ロイエ手が早い」
「……あんた、それ褒めてないでしょ!」
「どぅどぅ、よしよし、ってぐぁ!」
サイアスはランドの説明が滞るのを恐れてロイエをなだめにかかったが、
即座にとっ捕まって脇腹をくすぐられた。
「あぁサイアスさん、僕のために……
サイアスさんの犠牲は無駄にはしないよ」
ランドは口では神妙にそう嘆きつつ、
目で愉快そうに笑って続きを話した。
「さて、お待たせしました。最後の一つの登場だよ。
これはバリスタとマンゴネルを組み合わせた新機軸の兵器さ。
どういう仕組みかと言うと……」
ランドがドヤ顔になって三つ目の兵器の説明を開始しようとした、が、
「ソレで!!」
とサイアス、ロイエ、ディードが声を揃えて採用を告げた。
「……えっ? えぇっ!?
まだ何も話してないんだけど……」
ランドが戸惑いつつ不服そうにそう言ったが、
「選択の余地なし」
「異議なし」
「同じく」
と、にべもなかった。
「……まぁ、いいや。僕はめげないよ。勝手に説明を続行します。
これはバリスタの発射機構でマンゴネル級の大玉を飛ばす独自兵器で、
最大の特徴は玉を滑走させる『砲身』と、その周囲を覆う低い円柱状の
『砲塔』だね。これによって照準及び弾の飛翔性能が大幅に向上するんだ。
バリスタ搭載型で用いる方位や角度を変える台座も組み合わせて
『砲座』とすることで、機能性や即応力も大きく向上する。
これで導火線付きの油玉なんかを打ち出せば凄いことになると思う。
問題は完全新機軸の兵器だから試作と実証を重ねることになって、
費用と時間がかさむところだけど……」
「やっていいわよ!
うまくいったら図面を上納して元取ればいいわ。
しくじったときは…… どうなるか判ってんでしょうね……」
ロイエは快諾しつつ威圧した。
「うっ…… 大丈夫だよ。細部の成果を切り売りすれば、
最低でも赤字は回避、できる、かな? あはは……」
ランドは喜びつつ笑って誤魔化した。
「ま、領主から奴隷に身をやつすのも一興ね。
あんたガタイ良いから高値が付くわ」
「!? 僕を売りとばす気かい!?」
ロイエの物言いにランドは絶句して怯んだ。
「冗談よ! 今はね……」
ロイエは眼鏡を直しつつにこりともせずそう言った。
「まぁ前衛に転向するのもアリだね。
そうでなくとも近接戦の技能は習得しておいた方がいい」
「あぁ、うん。そうだよね。
……よぉし! とにかく頑張るよ!
……いざとなったらシェドを巻き込もうっと」
ランドは笑顔で頷くと、試作品等をまとめて何やら
ぶつぶつと呟きながら自身の居室へと引き揚げていった。




