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サイアスの千日物語  作者: Iz
序曲 さらば平原よ
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サイアスの千日物語 二十九日目 その三

詰め所を出たサイアスは、自分にあてがわれた部屋へと戻っていった。

部屋の前に着くと扉に布包みが引っ掛けてあり、中には

食べ損ねた食事と果実酒が一瓶入っていた。てっきり兵士たちが

代わりに食べたものだと思っていたが、どうやら真逆の対応を

して貰えたようだ。果実酒は兵士たちの気遣いだろうか。

サイアスは有難くいただくことにした。


部屋に入ったサイアスは、まずは取り置きの水を果実酒で割った。

城砦で使用される飲み水は、荒野北部の川を流れるものが殆どだ。

無論荒野であれ平原であれ、生水は非常に危険なため、加熱を

中心とした加工を施した上で摂取するのが常だった。味気ない蒸留水に

果実の風味を加えるこのやり方は、そうした中で最も好まれた方法だった。


食事は干し肉やチーズ、干した果実をパン生地に包んで

焼き上げたパイを、食べ易いように小分けにしたものだった。

包みを開けるとほのかな香草の香りが鼻腔をくすぐった。

食事は城砦兵にとって最大の娯楽の一つであるため、

料理の水準は非常に高く、とても保存食とは思えないほどだった。


十分に食事を堪能したサイアスは、

未だ故郷に何の連絡も出していなかったことを思い出した。

そろそろ出立して半月になる。さすがにこのまま放置はまずかろう、

と簡単な書簡をしたためることにした。


兵士長は城砦兵士を束ねる立場であり、命令伝達や成果報告等、

普段から書面を扱う機会があった。そのためサイアスが起居する

兵士長の部屋には、兵士の部屋には無い事務周りの設備が

備え付けられていた。サイアスは羽ペンをインクに浸し、

備え付けの便箋にさらさらと文章を書き連ねた。


村の主の子ということもあって、サイアスは幼少より

文字に触れる機会が多かった。同世代の若者が野良作業に専念する中、

書を読み、写本し、礼節を学び、ときに剣を振った。

辺境の開拓村にありながら、十分な勉学の機会を与えられていたのだ。

大人の群れに混じっても無難にやってこられたのは、教養の高さが

良い方向に作用した結果だと言えた。


一通り書面を仕上げたサイアスは、便箋を丸めて縛り、そこに

熱した蜜蝋を垂らした。そしてふと思い立って、王立騎士団の剣の

底についたカエリア王国の紋章を押し付け、封とした。

叔父の驚く顔が目に浮かぶようだった。


城砦暮らしで滅多に戻らぬ父に代わって、幼少時から何くれとなく

サイアスの面倒をみたのが伯父のグラドゥスであった。

ひたすら冷静で大人しいサイアスも、極親しい人間に対しては

それなりに茶目っ気を出すことがあった。

グラドゥスなどはその最大の被害者と言えた。


適度に腹も膨れ、書簡を用意し終えると、緩やかな眠気が戻ってきた。

夜明けには今暫く時間がかかるだろう。そう考えたサイアスは、

ひとまず横になり、しばし仮眠をとることにした。

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