サイアスの千日物語 四十三日目 その二
一旦気にしないとなると、サイアスはとことん気にしなかった。
これはなかば性分であると同時に、なかば意地であった。
そのため幼少からの侍従であるかのようにディードを遇し、
ディードはそういう扱いを大変に喜んだ。
ディードは入砦以降3年も一線で活躍してきた経験豊富な
武官であり、また東方諸国の神官の娘という出自柄、祭祀典礼や
有職故実、さらには神話伝承等にも明るい才媛であったため、
副官や参謀を担うのに打って付けであった。
第二戦隊において持て余され気味であった生来の気位の高さや
死をも厭わぬほどの潔癖さ、めんどくささは、サイアス一家においては
まったく問題にならぬどころかむしろ歓迎された。なぜなら
サイアス以下全員が気位高く、頑固で潔癖でめんどくさいからだった。
厨房へ食事を取りにいったデネブが戻ってくると、
その気配を察したか、ランドとラーズがサイアスの居室にやってきた。
「おはようございます。
シェドは6時頃第二戦隊へ向かったよ。
夕方までには戻るので起きたら伝えておいて、って」
ランドは挨拶すると伝言を伝えた。
「おはようランド。了解した。
シェドは張り切っているみたいだね」
「あはは、そうだねぇ。相当乗り気みたい。
目標がはっきりしたって喜んでたよ」
ランドは我が事のように楽しげにそう言い、席に着いた。
ランドが話終わるとラーズが後を引き継いだ。
「おはよぅさん。
俺も飯食ったらちぃと射ちに行ってくるぜ。
昼はあっちで出るらしいから、大将とはお茶会で合流するわ」
「おはようラーズ。了解した。
ロイエンタールが発注した矢が200、午前中に届くよ。
通常の矢が100、特殊な矢が100。特殊な方の内訳は
鏨40、油20、火20、蕪10、征10……
蕪矢と征矢って何?」
「おっ、絶妙な塩梅じゃねぇか。済まねぇなロイエ、助かるぜ。
蕪矢は口笛の化け物みたいな音が鳴る。合図やら脅しやらに
使う変わり矢だ。征矢ってのは威力の高い大型の矢だな。
飛び切り痛ぇ矢だと思っとけば間違いない」
「へぇ、そうなんだ。
弓の方はまだもつのかい?」
「訓練では別のを使ってるから傷んじゃいねぇが、
ついでがあるなら頼んどいて貰うかな。
壊れてからじゃ遅ぇからな……」
「はいはい。合成弓一つね。
私も注文しとこうかな」
「お前さんも弓使えるのか?」
ラーズは興味深げにロイエを見た。
「何だって一通り使えるわよ?
あんたと比べられると困るけどね!
剣、棍、槍、斧、弓、素手、なんでもいけるわ」
「ほほぅ、流石は本職だな」
ラーズは感心した。
最後の素手が一番厄介だ、とサイアスは思った。
「……何か今失礼なこと考えたでしょ」
「食事にしよう。美味しそうだよ」
「おっと! そうだった!」
サイアスは何とか危地を脱した。
食後、ラーズが一足先に辞した後、ランドが見せたいものがあると
自室に何かを取りに戻った。サイアスはディードらと今後の陣形や
戦術について相談しつつランドの戻りを待つことにした。
訓練課程で配布された士官候補生向けの資料や居室に備え付けの兵書、
さらにはディードの実戦経験を踏まえ、言わば背骨だけ決定し、
枝葉末節は臨機に変更することとした。すなわち、
中央正面やや左に盾使いと近衛を兼任するデネブ
その右やや後方に盾使いと影法師を兼任するディード
両者の中央やや後方に舞闘士と影法師、さらに軸の3役を兼ねたサイアス
最後方に真なる飛兵としてのラーズ
戦況に応じ臨機に役割を変じるものの、
中心線の4名は基本不動とし、右翼に切り込みのロイエ
左翼に潜伏しつつ自由に動くいわば遊撃手のニティヤを置き、
ベリルとランド、シェドは基本別働隊として
戦域最後方で支援行動に当たることとした。
大まかな陣形が出来上がったところで
居室に戻ったランドが大きな箱を抱えて帰ってきた。
一同は興味津々でランドの説明を待つことにした。




