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サイアスの千日物語  作者: Iz
第二楽章 魔よ、人の世の絶望よ
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サイアスの千日物語 四十二日目 その十八

グラドゥスの剣術書「剣と円」に記された「神秘の円」は

前線の兵士にとりすこぶる有用であるということで、

ベオルクとローディスの両名はサイアスに対し、該当箇所の

写しを作成しそれぞれの戦隊兵士の育成に役立てたい旨を申し出た。

サイアスはこれを快諾し、タダでは貰えぬという両名から

後日それぞれの得意技を一つ伝授してもらえることになった。

サイアスは大いに喜び機嫌をよくして、次なるページへと手を伸ばした。


「ふむ、ここからは構えの解説か。

 どうやら全部で四種あるようだな」


ベオルクは構えの概説にあたる次ページを瞥見しそのように判断した。

四つの構えとはすなわち、矢の構え、弓の構え、ガーダント、無形むぎょう

それぞれに見開き1ページが用意され、姿勢や歩法、専用の挙動に加え

他構えとの比較に長所短所含めた分析が詳細に記載され、さらに

一刀の場合、二刀の場合の2例が図形や数式と共に記されていた。

一見すると数学書のような内容に覗き込んでいた兵士らは戸惑いを覚えた。


「矢の構えと弓の構えは訓練で使っていました。

 名前は聞いていなかったけれど。残り二つは初めて見ます。

 それに二刀の例はまるで知りませんでした」


サイアスは字と図を食い入るように見つめながらそう言った。

矢の構えは突きの、弓の構えは斬撃の準備姿勢として

それぞれ徹底指導されていたのだった。


「やや変則的だが、二刀の例は剣と盾を持つと見做して

 考えておけば良い。実際お前は当初、片手剣とバックラーで

 戦っていたのだろう? つまりはそういうことだ」


「成程……」


「ガーダントか。吊り構えの一種ですかねー。

 護拳付帯剣バックソードやサーベルの名手が使う」


右足を前に浅い半身となり、左手は腰に当てるか腹の前に添える。

右手の剣の柄をやや右頭上にまで持ち上げて構え、切っ先は斜め左下後方、

丁度左膝へと流す。解説と図面、そこから伸びる線分や角度を読み取った

デレクが、ガーダントをその様に分析してのけた。


「然りだデレク。ガーダントは斬撃主体の弓の構えを

 防御に特化させたものと見ていい。剣を防御に用いるため

 盾を持たずとも鉄壁を誇るが、魔や眷属の一撃は重すぎて

 剣でまともに受けるのは推奨できんな。しかし元より回避主体で

 いくならば、体捌きを行いつつ受け流しや刷り上げから

 相手の膂力をも活かした強烈な反撃を決めることもできるだろう。

 手首の返しで我が剣技『旋』の表裏に繋げることも可能だ。

 総合するに、今のサイアスには最適な構えのようだな」


ローディスは不敵な笑みを浮かべつつ、軍師のように詳説した。

ほぉ、という声が周囲から漏れた。


「……サイアスよ。

 明日の『断』の伝授は暫し先送りすることとしよう。

 剣聖剣技は実戦での水増しには使えるが、地力を高めるものではない。

 一方この剣術書に記された構えはお前の地力を底上げし、

 さらなる高みへと導くものだ。

 

 俺の見立てでは今のお前の剣術技能はぎりぎり5という所だが、

 この書の構えには1つあたり2の技能値を伸ばす効果があるようだ。

 つまりガーダントを習得すれば、お前の剣術技能は6となる。

 先にそこまで伸ばし、器を拡げてから中身を満たした方が

 お前にとって良いように思う」


ローディスはサイアスを見つめそのように諭した。


「成程、仰せの通りかと存じます。

 まずはガーダントの習得に全力を注ぎます」


サイアスは些かの屈託もなくそのように答え、頷いた。


「うむ。ガーダント習得のあかつきには『断』は勿論、

 ゆくゆくは『神秘の円』の礼も兼ね、『砕』をもお前に伝授しよう」


ローディスは涼しげな笑顔で頷き請け合った。


「おっ!? それって……」


デレクが楽しそうに声をあげた。


「あぁ。剣聖剣技の基本三種を一人で全て習得する

 久々の剣士となり得るわけだ。奥義の習得にも期待できるな」


「おぉ、何と!」


ベオルクが相好を崩し、我が事のように喜んだ。


「おー…… 何だかびっくりし過ぎて

 良い反応が出来ませんが…… 有難う御座います、閣下」


サイアスは起立し姿勢を正してローディスに深々と頭を下げた。


「サイアスよ。俺はグラドゥスめに一泡吹かせてやりたいのだ。

 今後も精進し自らを高め、是非ともヤツ以上の使い手になってくれ」


ローディスはサイアスの肩を叩いて身を起こさせ、

ニヤリと笑んで自身も立ち上がった。


「その剣術書にはまだ続きがあるが、

 既に夜も更けた。部下を放置しておくわけにもいかん。

 何を仕出かすか判ったものではないのでな……

 名残惜しいが今日のところは引き上げるとしよう。

 また是非続きを読ませてくれ」


ローディスはベオルク以下総員の敬礼を受けつつ、

背中越しに手を上げ自身の詰め所へと戻っていった。

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