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サイアスの千日物語  作者: Iz
第二楽章 魔よ、人の世の絶望よ
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サイアスの千日物語 四十二日目 その十六

「お待たせしました」


ややあって戻ってきたサイアスは

十数枚の紙片からなる薄手の書物を手にしていた。

丁寧に簡易製本されており、表紙には『剣と円』なる

表題が掲げられていた。


ベオルクとローディスは両者の間に椅子を用意し、

サイアスをそこへと招きいれた。サイアスは恐縮しつつも

両騎士長の狭間に陣取り、卓上にグラドゥスの剣術書を置いた。


「『剣と円』か。成程な……

 ククク、しかし相変わらずの金釘文字だな」


ローディスはグラドゥスの筆致に懐かしさを覚え、

知らず目を細めていた。


「利き腕を失ってから字が苦手になったそうです」


サイアスはその様にフォローした、が


「それは違うぞサイアスよ。

 あいつは剣の利き腕は左だったが、

 元々字は右で書いていた。つまり大昔からこの字面なのだ」


とローディスがニヤニヤしながら否定した。


「……騙された……」


サイアスはローディスを見つめ、そしてジト目で表紙を見下ろした。


「クックック。甥の手前恰好を付けたのだろう。

 可愛いものではないか。許してやれ」


ローディスはご機嫌でクツクツと笑い、


「さぁ、俺に次ぐ天下の剣豪がわざわざ著した剣術書だ。

 ありがたく拝見しようではないか」


とサイアスを促した。サイアスはやや子供じみた仏頂面で頷いて、

大勢が身を乗り出して見守る中、最初のページを開いてみせた。

そこには見開き1ページ丸ごとを使い、デカデカと丸っこい字で

こう記されていた。



「いやぁ~ん! ローディスの えっちぃ~!」



周囲の空気が凍りついた。そして兵士らがおっかなびっくり

そろりそろりとローディスの顔を覗き込んだそのタイミングで、

わざとなのかどうなのか、ベオルクが内容を抑揚たっぷりに音読した。

兵士らは声なき悲鳴を上げた。



「!!!!」



ダンッっと派手に音を立て、ローディスが立ち上がった。

怒髪天となり鬼の形相で全身から殺気を迸らせていた。



「ぐわぁあああああっ!!」



兵士らは絶叫し、恐怖の余り詰め所内を逃げ惑った。

読み上げたベオルクも今更ながらに青ざめていた。

サイアスはそんな連中をジト目で眺めていた。


「許さん…… 許さんぞあの野郎ッ!! 

 この俺をコケにしやがって!!」


ローディスは普段の涼しげな様相を一変させ

完全に頭に血を上らせ、兵士らは卓の下に逃げ込んだり

部屋の隅で丸まったりしていた。


「ベオルク貴様知っていたな!?

 知っていて俺をハメたのであろう。この黒ヒゲめが!!

 今すぐ危機一髪にしてくれるわ!」


「お、お待ち下され閣下! 

 知っていたら間抜けに読み上げたりはしませぬよ!!

 どうか平に、何卒平に!!」


ローディスとベオルクはサイアスの頭上で掴みあいを始め、

サイアスはその下で溜息をついていた。



「剣聖をハメるなんて大したものね。昔馴染みの

 この程度の茶目っ気、許してあげたら?」


阿鼻叫喚の詰め所地獄で女衆を護るように降り立った

マナサが、ローディスに苦笑してそう言った。


「……」


ローディスは無言でマナサを睨み返したが、その背後で

すっかりおびえて縮こまるベリルを見て狼狽し出した。


「ムッ、これは済まぬことをした。

 そこの娘、悪かったな。もう大丈夫だ……」


と急激に冷静さを取り戻し、やや引き攣りながらも

笑顔となってベリルに語りかけた。


「ヒッ!?」


ベリルは悲鳴を上げロイエにしがみ付いた。

マナサはそれを見やるとローディスに無慈悲な視線を注いだ。

周囲の温度がさらに下がり、騒いでいた兵士らは一気に凝固した。



「待て待て、俺が悪かった! 

 つい懐かし過ぎて昔のノリに戻ってしまっただけだ……」


どうやらローディスもマナサを怒らせたくはないらしい。

必死で取り繕いだした。


「そこの娘、確かベリルだったな。

 もう怒ったりしないぞ。怖くない。本当だとも」


ローディスは甘い声でベリルをなだめ、周囲は別の意味で凍りついた。


「……お、おひげのおじ様のことも、

 怒ったりしません、か……?」


ベリルは怯えつつもローディスにそう問うた。


「お、おヒゲのおじ様、だと……!?

 う、ぅむ勿論だとも! 怒ったりはしないぞ?

 おじさんはたちは本当はとても仲良しなのだからな!」


ローディスは動揺しつつも笑顔で請け合い、

ようやくベリルはほっと胸を撫で下ろした。

ベリルにかばって貰ったおひげのおじ様はというと、

感動の余り目元を潤ませうち震えていた。

ローディスはベオルクと強引に肩を組み、笑顔でベリルに

ポーズを取ってみせた。周囲はそろそろドン引きし出していた。


「そ、そうなんですか!

 じゃ、じゃあ…… 剣聖のおじ様って呼びます!!」


ベリルの不意の提案にローディスの身体は鉄槌で打ちのめされたがごとく

大きく揺れた。どうやらベオルクの同類らしく、拳を握りしめ

力強く何度も頷いていた。


「ま、待てベリルよ。おヒゲと剣聖では

 差異があり過ぎるではないか」


どうやらローディスがおじ様ランキングで上位に立つのが

不服らしく、ベオルクがそのように申し出た。


「えっと……」


ベリルはしばし困ったように思案し、

詰め所の全員が呆れ顔で困ったおじ様二人を見やっていた。


「じゃあ、黒おじ様と赤おじ様で、どうですか?」



「!!!!!」



ベリルの提案にベオルクとローディスは轟雷に打たれたが如く身を震わせ、

また稲光のごとく目を輝かせて異口同音に声をあげた。


「うむ!!」


サイアスは思わず頭を抱え、詰め所はジト目と溜息で満ち溢れた。

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