サイアスの千日物語 四十二日目 その十二
両工房の長それぞれが直々に差配したこともあって、
サイアス一家の装備絡みの諸々は速やかに整えられることとなった。
どちらの工房も軍議での決定により第一戦隊から派遣されてきた
各10名の兵士らとそれを指導する職人らによって大層賑わっており、
まずい時期に来たのでは、とサイアスは戸惑っていたが、
「なぁに、忙しいのは下のもんだけだ。
上は通常営業だな」
と笑い、八束の剣とギェナーを引き取った。
「ふむ、こりゃどっちもちぃと打ち込んだ方がいいな……
ほんで後でローディスがお前ぇに会いに来るって話だったな、確か。
お前ぇとこの武器はまとめて明日の朝に届けさせるから、
今日はおやつだけ持って帰りゃあえぇ。おやつは新作もあるぞ」
「まぁ。素晴らしいわ……」
ニティヤはうっとりとした表情でそう言った。
インクスは肩を揺すって笑い、手早く鍛冶場焼きを作成し
豪快に紙袋に詰めてサイアスらに寄越した。続いて鍛冶場焼きの鋳型に
使用した鉄板を両の親指を合わせた程度の半球の窪みが並ぶものに交換し、
鍛冶場焼きと同様の要領で窪みに黄金色の溶液を流し込んだ。
じゅじゅぅ、と音と香ばしさを募らせた溶液に
インクスは某かの小さな切り身を一つずつ丁寧に投入し、
次いで針のような器具で半生状態の半球を手早く抉るように
ひっくり返していった。ぎゅりっぽんっ、ぎゅりっぽん、と
小気味良い音がその響きを終えた鉄板をじぃっと眺めて数拍置き、
頃はよしと見たインクスは針で掬いあげるように窪みを突いて、
中身を手際よく木皿へと飛ばした。木皿にはゆらめく湯気を立てる
ふっくらとした丸いものが自重でやや潰れながら整列しており、
そこに刻んだ葉物を散らし、一対の短い木の切れ端と
透明感のある出汁の入った器とを添えてサイアスらへと差しだした。
「こ、これは!?」
サイアスは手品の如き食材の激変と
香り立つ豊かな風味に気圧されそう問うた。
「魂焼きだ。まぁ呼び名は色々あるらしいが」
インクスは得意げにそう言うと、サイアスらに早速試すように勧めた。
「貴方、箸の使い方を知らないでしょう?
ここは私が手本を見せるわ」
ニティヤはインクスにお辞儀すると
勇ましく魂焼きに挑みかかった。
「出汁に漬けて食うんだぜ。
熱いから気を付けなよ、お嬢ちゃん」
破顔一笑するインクスと息を飲むサイアスやデネブに
見守られながら、ニティヤは魂焼きを口にした。
「!!!!」
小振りな一つを箸で摘まみ出汁に漬け、程ほどに冷まして
口にしたニティヤは、余りの衝撃に言葉を失った。
「!?」
気遣わしげに見守るサイアスやデネブを尻目に
ニティヤは沈思黙考し、一つ、また一つと魂焼きに手を付け、
ついには全て平らげてしまった。
「……」
ジト目で見つめるサイアスをものともせず、
「ふぅ、私としたことが。
美味しすぎて言葉を忘れてしまったわ。
なんて罪な食べ物なのかしら……」
ニティヤはしれっとそう言い、
「飲み物を少し頂けないかしら。
あとお代わりを。それとお代わりを」
と、とても良い笑顔でインクスに要求を突き付けた。
「ふゎっはっはっは。さすがはサイアスの嫁っこだな!
えぇともえぇとも。すぐ用意しよう」
インクスは遠巻きに覗き込んでいた職人に果実酒割りの瓶を取ってこさせ、
杯に注いでお姫様スマイルで待ち受けるニティヤに振る舞った。
そして追加の魂焼きを焼こうとしたところにロイエらが現れ、
本能と直観により一瞬で状況を察知したロイエは
「あっ! おやつね? おやつなのね!?
抜け駆けは許さないわよ!!!」
と叫びながら猛進してきた。
「ほほぅ、甘いもの好きの猛獣ってぇのはお前ぇさんのことか」
インクスはさらに笑ってそう言い、
しまった、という表情をしたサイアスは無残にもロイエに捕縛され、
「ふぅん? 甘いもの好きの猛獣ねぇ。
どこの誰がそんな暴言を吐いたのかしらねぇ」
と猫撫で声の脅しと共にギリギリと締め上げられ、
自重で潰れた焼き上がりの魂焼きのような有様となった。
「ロイエ、断罪は後よ。今は魂焼きに集中なさい」
一人で一通り食べ尽くしたニティヤは
自らの罪を数えることなくしれっとロイエにそう言い放ち、
「そうだった! 魂焼きって何!!」
と問い返すロイエに魂焼きの素晴らしさを懇々と語ってきかせた。
それから暫くの間、城砦の誇る武器工房の巨大な炉と当代異数の
工匠であるインクスは、ひたすら魂焼きに全力を尽くすこととなった。




