サイアスの千日物語 四十二日目 その十一
馬たちと友の様に戯れ休暇気分を満喫したサイアス一家が厩舎を去り、
本城へと入って大路を南下し始めたのは4時半ば頃だった。
すっかり時間を使ってしまったサイアスたちはやや足早に工房を目指し、
中継地点である城砦中央部の中央塔前までやってきた。
すると軍議を終えた城砦騎士団の上層部の面々がぞろぞろ塔から出てきた。
サイアスらは邪魔にならぬよう脇に避けて敬礼し、幹部衆が各方面へと
散っていくのを待っていた。だが塔から出てきた集団は
誰一人散開することなく、真っ直ぐサイアス目掛けて迫ってきた。
一体何事かと硬直していたサイアスたちは巧みな位置取りで三方を塞がれ、
壁を背に包囲される状態となった。悪ふざけらしく皆ニヤついていたが、
無言かつ一糸乱れぬ連携であり、戦場なら万事休すと言ったところだった。
サイアスは敬礼姿勢を保ちつつ呆気に取られていたが、女衆の対応は
迅速無比であり、サイアスを盾としてとっくに壁際へ離れており、
我関せずを決め込んでいた。
「おぅサイアス。カエリアの騎士になったらしいな!
第四戦隊の兵士長になったとも聞いた。次はいよいよ城砦騎士だな!
今後も活躍に期待しているぞ」
そのように話し掛けてきたのは第一戦隊長オッピドゥスだった。
「恐縮です。一層精進いたします」
「うむ! 敬礼やめぃ、くつろげぃ!
よく励み、よく休み、よく楽しめぃ! じゃあな!」
オッピドゥスはそう言うと、
高笑いしながら大路を東へとのし歩いていった。
「ほぅサイアス。家族サービスか?
やはり妻子は大事にせんとな。なぁブークよ」
「ハハハ、何です。私がいかに妻を大事にしているか
語ってお聞かせすれば良いのですか?
朝までお時間頂きますよ?」
「おぉ恐ろしい。勘弁してくれ」
次いで前に出てクツクツと楽しげに笑っているのは
第二戦隊長ローディスと第三戦隊長ブークだ。
ブークとローディスは普段からかなり親しいようだった。
サイアスらは再び敬礼しようとしたが、ローディスが
手をあげてこれを制止した。
「敬礼なんぞまとめて一回で十分だ。そう格式張るな。
ときにサイアスよ。お前に少々頼みたいことがあるのだ。
今夕6時過ぎに四戦隊の営舎へ行く。内容はその時にな」
「御意に」
サイアスは短く返事した。
「私もちょっと話があったんだよサイアス君。
先日の演奏会の打ち上げを兼ねて、明日の午後3時から
茶会を開く予定なんだよ。デレク君やラーズ君と誘い合わせて
是非来てくれたまえ」
「了解しました。有難うございます。
ただデレク様は日中特務絡みで特訓にあたっているようですが」
「その辺はどうとでもするだろう。
サボるための努力は決して惜しまぬ男だからな」
「凄い、のかな」
「フフ、芸達者とはそういうものだ」
「ははは、何とも深いお話だね。まぁ何はともあれ
そういうことで一つ宜しく。では諸君、御機嫌よう」
ブークとローディスは共に笑顔で大路を南下し始めた。
二人の戦隊長が去ったあと、次はインクスとマレアの出番となった。
「おぉサイアス。
そっちの連中がお前ぇの配下の娘っこたちか?」
インクスはゆったりとした口調でそのように問い、これに対して
「妻です」
「二号です」
(三号です)
「娘です」
と、サイアスの返事を待たずニティヤらが
鮮やかな連携で自己紹介した。
「はぁ、こりゃたまげたわ!
えらいこっちゃあ」
インクスとマレアは顔を見合わせ呵呵大笑した。
肩を揺すって笑うインクスらの背後を、長引くと見たベオルクと
スターペスが談笑しつつ軽く手を上げあるいは会釈して去っていった。
サイアスらはベオルクとスターペスに会釈して見送ると、
すっかり笑顔になった二人の工房長に対し、
これから工房に向かうつもりであることを伝えた。
「へぇ、そうだったのかい。じゃぁ一緒に行こうかね。
ベリルとロイエンタールは防具も要るんだろ?
じゃあ私がみてやるよ。野郎共には任せられないからね。
ニティヤは防具はいいのかい?」
「えぇ。音が鳴るし重くなるから。
お気遣い感謝します」
「いやいや、気にしないでおくれ。
じゃあこっちは先に向かうとしようか。
そうだサイアス。あんたの鎧、仕上がってるよ。
後で寄っておくれよ」
「おー、有難うございます。
後程伺います」
そう言ってマレアはロイエとベリルを伴って
先に工房へと向かった。
「マレアはどうも女兵士に甘くてな。感情移入しちまうらしい。
まぁ飛び切りいいモン用意してくれるだろうよ」
インクスはマレアらを見送りつつそう言い、
デネブが差し出した書状を受け取った。
「ほぅ? これは……
おぉ、ギェナーの使用報告書か!
こんなに丁寧にまとめてくれたのか。
ありがとうなデネブちゃんよぅ」
用紙数枚に渡って共通語で丁寧にしたためられた報告書を手に、
インクスは満足げに何度も頷いて、サイアスらを伴い
工房へと向かって大路を東へと歩き出した。




