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サイアスの千日物語  作者: Iz
序曲 さらば平原よ
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サイアスの千日物語 二十九日目 その二

未明。十分に睡眠をとったサイアスは、身づくろいを済ませ

食堂へと向かった。食堂は一日中開いており、一日に二度まで

利用可能となっていた。三度以上利用することもできるが、

その場合は勲功を消費する、そういう仕組みになっていたのだ。

食事の他に酒もあるが、そういった嗜好品も

勲功消費の対象となっていた。


食堂ではサイアス以外にも数名の兵士が食事をとっており、

中には見覚えのある顔もあった。サイアスはそちらへと向かっていった。


「おぅサイアス、今日は早いな」


「今、詰め所にお偉いさんが勢揃いだぜ。恐ろしくて近寄れねぇよ」


「お早うございます。今日は一仕事あると言ってましたね」


「あぁ。流石にお前が出張ることはないと思うが」


「どのみちまだ暫くかかるだろ。ゆっくり食っとけよ」


「はい、ありがとうございます」


サイアスは料理を待ちつつ会話していた。ややあって、

ようやくサイアスの分の皿が運ばれて来ようかという、丁度そのとき。

食堂の入り口に一人の兵士が現われた。兵士はサイアスを見つけると、


「ここにいたか。おいサイアス。副長が呼んでるぞ」


と言い残して出て行った。


「災難だなサイアス。だが安心しろ。お前の料理、無駄にはせん」


「あぁ。あとの事は俺らに任しておけ」


などと笑う兵士たちに見送られて、


「とにかく行ってきます」


とサイアスは食堂を後にした。



詰め所では騎士ベオルクをはじめ数名が卓を囲み話し合っていた。

いずれも甲冑姿だ。身なりや挙措、貫禄が普段目にする騎士たちとは

まるで違っていた。サイアスは詰め所が迫力で軋んでいるように感じた。


「失礼します。サイアス、入ります」


サイアスはそう挨拶をして入室した。


「サイアス、こっちだ」


ベオルクは手招きし、強引に自分の横に座らせ、


「ライナス隊長の子、サイアスです。当日現場におりました」


とサイアスを周囲に紹介した。


「さてサイアス。

 今我々は、過日輸送部隊に対して行われた妨害について

 話し合っていたところだ。

 既にラグナ殿から詳細な報告が上がっているが、

 実際現場にいた君の意見も聞いておきたい。話してみてくれないか」


「はい。それでは……」


どうやら証言を求めて呼ばれたようだった。

サイアスはしばし過日を思い出し、言葉に換え、そして口にした。


一同は静かに耳を傾け、しばし黙考し、やがて口を開いた。


「かなり大掛かりな誘引だな。時間的、距離的な規模からみても

 眷属の仕業ではないと言い切っていい」


「確かに魔の仕業と考えるのが妥当ではありますな。とはいえ」


「……そうだな、解せぬ点もある」


「あちらの陣営に変化がでたのか、それとも新参か」


「現段階では判断できかねますな…… ただ新参だとすると」


「うむ…… これまでの見解が一気に覆る可能性も」


目の前で行われている会話に対して、サイアスは理解の前提となる

知識や情報を持ち合わせてはいなかった。ただ、一言たりとも

聞き漏らさず、いつの日にか役立てようと思い立ち、

記憶に留めるべく努力した。


「サイアス。南西の丘陵から地鳴りのような音がした、と言ったな」


ベオルクがサイアスに問いかけた。


「はい。大きく、低く、唸るような音でした。

 ラグナ様はそれを聞いて魔の遠吠えだと判断されたようでした」


サイアスは記憶を辿りつつそう答えた。


「かなりの距離があったのだな? なぜ丘陵からと言い切れる」


「これを……」


サイアスは持参した羊皮紙を広げてみせた。それは先日、ラグナから

貰った荒野の地図だった。地図には共通語の書き込みに加え、

サイアス自身による加筆もあった。


「ほぅ、既に地図をな……」


「判り易くて助かるではないか」


「クク…… 入手先は聞くまいよ」


「お前、読み書きはできるのか?」


「はい。共通語と三大語が使えます」


三大語とは平原中部にある三つの大国、すなわち北から

カエリア、トリクティア、フェルモリアの言語を指していた。

この三国は文法や語彙の大半を共有していたため、ひと括りで

扱われることも多かった。


「結構だ。では説明を続けてくれ」


地図には隘路の先、南往路を出て、城砦の真南の位置に丘陵と道標が

描かれており、また当日の太陽の位置から大まかな時間帯を推測し、

各所にサイアス自身が走り書きを施していた。

サイアスは隘路の出口から城砦へ、斜め左上へ向かって指を動かした。


「輸送部隊は南往路を出るとすぐ、本来の進路をそれて

 城砦へ向け直進しました。しばらくして馬車の左側面から

 その地鳴りのような音が聞こえてきましたが、音のした方には

 遠くに見える丘陵まで視界を遮るようなものがありませんでした」


「成程な。遮蔽物が無いゆえに響き渡ったということか」


ベオルクは頷き、補足するように言った。


「縮尺は曖昧だが、地点と時間の記載があるのは助かる。

 音がした時点での馬車の位置から丘陵までは、概ね馬で半日前後

 の距離と概算できた。環境を考慮に入れても相当馬鹿でかい音らしい。

 落雷並みかもしれないな」


「音響兵器となり得るほどか」


「近接戦では吠え声だけで戦闘不能に陥る者もでそうだ」


「部隊間の連絡も困難になるでしょう。軍鼓の音も掻き消される」


「超長距離での攻撃手段を模索すべきか……」


「攻城兵器が必要になるやもしれませんな」


「戦場の選定も重要になるぞ」


一同は口々に意見を述べていた。どうやら「地鳴りのような音」を

単なる遠吠えではなく、強力な武器として捉えているようだった。

そして討議の内容は恐怖に怯える消極的なものではなく、

「いかに狩るか」を語る積極的なものであり、サイアスは、

強大な魔を前に竦むことなく立ち向かえる存在が

こうして味方にいることを心強く思った。



「資料を精査せねば断言できんが。

 これまでに遭遇例の無い個体かも知れぬな……」


「そうだな。その点は早急に確認すべきだ」


やがて意見は出尽くしたらしく、会話に途切れが出始めた。


「ともあれ、敵の手のうちが一つ判ったわけだ。

 良い情報だったぞサイアス。御苦労だった、下がって良い。

 ベオルク、後で勲功を付けてやれ」


「ハッ」


黒一色の甲冑に身を包んだ銀髪の騎士がそう言うと、

ベオルクは畏まって返事した。


「それでは失礼いたします」


サイアスは一礼し詰め所を後にした。

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