サイアスの千日物語 四十二日目 その十
「次は第二戦隊より答申する。
当戦隊は平時の任務より戦闘に至る例が多く、常に全体の一割以上の
負傷者を抱えている。また宴の後処理等に精兵を出す必要もある。
よって本戦に動員し得る兵数は精々4割強といったところだ。
数にして140程度だな……
とはいえ平素の戦闘でしぶとく生き抜いている連中だ。
戦力指数は総じて高い。またこの員数には我が供回りである
抜刀隊を含んでいる。抜刀隊のみで戦力指数が250を超えている。
ゆえに当戦隊が此度の宴に供出し得る累計戦力指数は
概ね500程度と見積もっている。
また、此度の宴の後処理に関して、現状複数の対応策が
並行して進行中であることは、上層部各位には周知であろう。
そちらで当戦隊が担う役割に関しては、予定通りの進捗状況である
ことを併せて伝えておこう」
真紅の長着に漆黒の羽織、羽織には金鶴の見事な吉祥文様が
染め抜かれた瀟洒な装いに魔剣を佩いた剣聖ローディスが
どこかもの憂げな微笑を浮かべそのように報じた。
「第二戦隊には先日の北往路における戦闘で河川の眷属の戦力を
削って頂いています。これにより包囲戦の発生率が相当値低下し、
敵方の累計戦力指数にも既に一定の損害を与えております。
本日も城砦西方にて威力偵察を敢行しており、戦局を有利に導く
多大なる貢献を既に成していることをセラエノより補足しておきます。
動員数についてですが、剣聖閣下の率いる130名であれば
役目は存分に果たせましょう。とはいえ宴が長引けば
数的不利が布陣を蝕み、不当に後れを取ることもあり得ます。
300の総員を適宜諸事方に切り分けつつも、常に一定数を
切り札として万全の状態で投入し得る様、引き続き調整を願います」
「参謀長の申し出はもっともだ。鋭意取り組ませていただこう。
……ところで、先日の戦闘で遭遇した未知の眷属の件なのだが」
ローディスは一通り役目を終え、気配を緩めて追加した。
「撃破した俺に命名権を寄越すという話だがな。
良いものがまるで思いつかんのだ。そもそも最初に遭遇したのは
デレクら第四戦隊の手勢だ。よって名前はそちらで付けてくれ。
あの眷属は実に見どころのあるヤツだった。並みの名では納得できん。
後世に残る素晴らしき名を期待しているぞ」
ローディスは悪戯っぽい笑みを浮かべてベオルクを見やった。
ベオルクは片眉を上げヒゲを撫でつつ返答した。
「デレクらに伝えては置きましょう。
されど閣下を唸らす程の名となると、どうでしょうな……」
「アイツがダメなら秘蔵っ子にでも任せるがよかろう。
皆もそれを期待しているのではないか?」
どうやらローディスの狙いはそこらしい。
「サイアスですか? まぁ、アヤツであれば……
しかしアレで相当な変わり者ですからなぁ……」
ベオルクは暫し唸った後、ニヤニヤと見つめるローディス以下
騎士や軍師らの手前、案件を引き取った。
「さて、続いては第三戦隊より答申させて頂きますよ。
当戦隊は言わば祭りの前日までが本番のようなもので、
訓練課程を含め、一通り打てる手を打ち準備を重ねて参りました。
此度は例の賊徒の一件で多少荒れはしましたが、
最終的には常々以上の良い仕上がりを見せております。
特に配属式での演奏会などはご列席の皆様の記憶に新しい
ところかと存じます。補充兵が宴に出ることは原則無いとは言え、
彼らの高揚した士気が城砦全体の雰囲気に良い影響を与えている
ことを実感しておられる方も多いのではないかと。
やはり歌や音楽が人に与える影響というものは無視できぬ
ものがあると考えます。後日あらためて提案させて頂きますが、
軍楽隊の編成を検討すべき時期に来ているのではないかと。
さて、やや話がそれましたが、戦力について答申いたします。
当戦隊では此度の宴に対し、150名が支援体制を整えております。
内訳は防壁上での射撃、狙撃任務に70名。私と共に
特務に当たる者が20名。さらに攻城兵器の運用にあたる者が60名。
この60名は普段資材部や工房に出向している者たちですので、
各部門の職人衆と連携の上任務にあたることになります。
戦力指数に関しては弓兵90名が合わせて250程度。
攻城兵器の運用にあたる工兵については、兵器の出来に
左右されますが概ね60名で600程度を担うとみて頂ければ。
兵器の整備状況は概ね要求値に達しておるようですが、
矢弾に関してはいくらあっても足りるということがありませんので、
引き続き増産体制を維持していく必要があるでしょうな。
また軍政的な見地から申し上げれば、現在当城砦は
概ね1年間孤立無援の籠城をこなせる程度には物資を保有
しております。つい先日トリクティアから追加の物資が届いた
のも良い影響をもたらしておりますが、黒の月の間は物資の
定期輸送が困難になる例も多いため、楽観視は禁物です。
物資輸送に付随したことで申し上げると、今回は宴の
後処理において一つ仕掛けを打つために、成否を問わず
そこそこの量の物資を消費することになります。
備蓄には可能な限り損耗を発生させたくありませんので、
平原には常通り、逼迫した状況を切々と訴え激流のごとくに
物資を供出いただくことになるでしょう。何、兵士はともかく
物資の催促に関しては、政治屋どもが私腹を肥やせぬというだけで
他は誰も困りはしませぬ。どんどん強気で毟りましょう。
では私の方からは以上です。続いて当戦隊の管轄する
各部門の責任者より個別に詳細報告があります」
手慣れた調子でこなれた流暢な報告を終え、
第三戦隊長ブークは一礼して着席した。
「流石はブーク卿、過不足無き丁寧な仕上がりかと存じます。
軍楽隊については古来よりの法螺や軍鼓による
ひたすら伝令目的の事務的で威圧的なものではなく、
有意かつ優美な旋律と一定の娯楽性を伴った士気高揚を主体とした
ものを、ということですね。個人的には全面的に賛同いたします。
無事黒の月を乗り越えた暁には、是非とも再度提案願いましょう。
では続いて生産部門から、まずは武具工房の長インクス殿に
お話を伺いましょうか」
セラエノは頷き、続いてインクスへと話を振った。




