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サイアスの千日物語  作者: Iz
第二楽章 魔よ、人の世の絶望よ
318/1317

サイアスの千日物語 四十二日目 その九

デレクら選抜部隊の大半が坑道の模型内部へと消え

戦闘音が聞こえだした後、その場を辞そうとしたサイアスらに

折角の機会だから、とルメールやウラニアが実戦での心得を

教示してくれることになった。


専ら武器の用法教授に終始した訓練課程とは異なり、乱戦時の足捌きや

目付、対人戦であれば鍔迫り合いにあたる膠着状態バインドからの駆け引きといった

極めて実戦的な内容であり、講義によりサイアスたちは武人として

一段階高みに上ったような感覚を得て、ひとしきり礼を述べ

声援を送ってその場を後にした。



厩舎ではほとんど家族旅行状態であった。既に顔見知りとなった

厩務員たちとサイアスが打ち合わせを始めると、声を聞きつけた

クシャーナが喜び嘶いて挨拶し、サイアスが嬉しそうに返事をすると

それに反応したミカが柵から飛び出して駆け寄ろうとしたため

厩務員が慌てて対応しミカをなだめる羽目になった。


サイアスは厩務員に教練に関する確認を取り、クシャーナの下へと

向かって知人と話すがごとく世間話などした後、今度はミカの下へと

向かった。無言でじっと見つめていたグラニート共々手ずから

カエリアの実を食べさせて、厩務員の一人に鞍の準備を頼みつつ、

馬たちに何事か声を掛けていた。そしてその後、20頭の軍馬の迫力と

目まぐるしい展開に動揺して委縮していたベリルを抱え上げ、

驚愕の余りぬいぐるみの様に固まったところをミカの背に乗せた。


「!!!!」


ベリルはつぶらな緑の瞳を驚愕に見開き、口をパクパクさせながら

ミカのたてがみや周囲の光景、そして悪戯っぽく笑うサイアスを見回した。

ベリルは初めての騎乗にすっかり興奮して歓声を上げ、サイアスは

ミカの手綱を手に取り首筋を撫でながら、厩務員の長に外郭の兵溜まりを

散歩させて欲しいと頼み込んだ。ほとんど行楽地の牧場に遊びにきた

家族連れの様な有様に、厩務員らは呆気に取られていたが、

宴直前の殺伐とした空気から救われたような気がした厩務員の長は

朗らかな笑顔でこれに応じた。


いつの間にかグラニートに騎乗していたロイエやその手綱を持つデネブ、

さらには誰からも気付かれぬうちにベリルの背後に横座りしていた

ニティヤを伴い、内郭と異なり蓋が存在せず、攻城兵器の保管場所や

部隊単位での演習、さらには軍馬の調練等々に用いられる

外郭の兵溜まりを一行はゆったりと散歩した。暫くして戻ってくると、

プライドの高いクシャーナが除け者にされたと感じ怒り狂って騒いでいた。

そこでロイエらにはミカやグラニートの毛並を整えてやるよう言い残し、

サイアスはクシャーナに騎乗して、単騎で兵溜まりを駆け遊んだ。



サイアス一家が厩舎で行楽気分を満喫していた、丁度その頃。

本城中央塔中層にある大会議室では上層部の面々が軍議を開いていた。

本来ならば戦局に関わる軍上層部の軍議は中央塔上層で行われるのだが、

オッピドゥスが入れる部屋が無いという理由によって、

近年ではもっぱら中層で行われるようになっていたのだった。

軍議には騎士団長以下各戦隊長と参謀部の軍師衆、さらには

資材部や工房等、非戦闘部門の責任者も列席していた。


「諸君。黒の月に入って二日目だ。粗漏なく初動を終え

 各隊各部門とも存分に迎撃態勢を整えておろう。

 凝り固めた緊張は長続きせぬ。常なら一旦構えを下げて

 余力の再配分や分析に努めるところだが、此度はそうもいかぬ。

 まずはその辺りについて、参謀長から説明を願おう」


城砦騎士団長チェルニー・フェルモリアはそう言うと

脇に控える参謀長たる城砦軍師長セラエノへと頷いた。


「やぁ皆さん、挨拶は省きますよ。

 天体の運行、過去100年の事跡、そして何より

 参謀部軍師衆の神算により、此度の宴は二日後が緒戦となると

 判明しております。現時点での予測敵本陣は城砦南方。

 顕現が予測される魔は3体。敵軍全体の累計戦力指数は

 2500程度となるでしょう。

 

 黒の月開始早々に宴が起こることは、初動の旺盛な士気をそのまま

 活かせる利点を持つ一方、敵味方ともに急造の布陣を敷くことに

 なるため、戦局への緻密な分析や策謀の準備が活かせぬ短所も

 併せ持ちます。要は出合い頭の事故の如き乱戦になる可能性があり、

 予断を避けるべく現有戦力を以て当方の最大戦力と見做すべきです。

 そういった事情で、まずは各部門における現況を報告願います」


セラエノの言を受け、一際大きな人影が揺れた。

第一戦隊長にして城砦騎士長であるオッピドゥスだ。

今回は同じく巨体を誇るインクスやマレアも集っており、

しかも同郷の馴染であるため並んで座って談笑していたようだった。

広々とした大会議室はその一帯だけ子供部屋の様に手狭に見えた。


「では第一戦隊より答申する。当戦隊では現状総員の7割半、

 概ね300名が臨戦態勢にある。俺の目算じゃ戦力指数としては

 800前後だな。残り100名は待機と通常任務だ。必要なら

 動員率を9割にまでもっていけるが、実戦に出すには装備が足らん。

 うちは役割上、訓練や演習でもかなり装備を損耗するからな。

 是非とも甲冑と大盾の増産をお願いしたい」


「十二分であると言えましょう。

 装備の増産についてはマレア殿、いかがですか」


セラエノはオッピドゥスの報告に満足げに頷き、

防具工房の長マレアへと話題を振った。


「モノはあるが人手が足りないね。臨時増員を願いたいとこだ」


マレアは手短にそう答えた。


「オッピドゥス卿、待機組から工房に回せば

 何とかしてくれるようですよ」


セラエノはさらりとそのように方向付けた。


「ふむ、50程度ぶちこむか? どういう人材が要るんだ」


「50も工房に入らないよ! 10名選抜しておくれ。

 そうだねぇ。あんたんとこは皆真面目だから誰でも大丈夫だが、

 なるべく非力な方がいい。ネジ穴ぶっ壊すようなヤツぁ勘弁だよ!」


マレアはそう言って肩を竦めた。


「一戦隊に非力なヤツを寄越せとは、また無茶な注文を出すもんだ。

 まぁいい。適当に見繕う。今夜から使ってくれ。

 だが貸すだけだ。用が済んだらちゃんと返すんだぜ!」


オッピドゥスは即断即決してそう言った。


「ハッ、心配しなさんな。装備持たせて返してやるよ!

 美形は一人二人攫うかもしれないがね」 


「おい、てことはむしろ俺がヤバいじゃねぇか」


「はぁ? 鏡を見な!

 カミさんに言いつけてやろうか」


「勘弁してくれ! 

 投げ飛ばされちまうわ。ガハハ!」



マレアは豪快に苦笑し、オッピドゥスも豪快に

笑っていた。どちらも巨人族の末裔と言われる

カエリア北東のユミル平原出身であり、武器工房

の長インクスも交え肩を揺すって笑う様はまさに

大山鳴動と言うべき壮観であった。

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