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サイアスの千日物語  作者: Iz
第二楽章 魔よ、人の世の絶望よ
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サイアスの千日物語 四十二日目 その八

営舎を出たサイアス一行は、外郭北門側にある厩舎へ向かって

内郭を北へと進んでいった。ロイエやベリルは暗がりに伸びる

光の列柱に感嘆の声を上げていた。


「あれ? 何アレ。あんなの有った?」


ロイエが行く手の左遠方に釘付けとなり、一行はその視線を追った。

昨夜は気付けなかったが、営舎の北西には奇妙な建造物が出来ていた。

それは営舎の居室が連なる通路部分だけを切り取って設えたような

角ばった特大の大蛇のような代物であり、急造らしく梁や支柱が

剥き出しとなった壁の中からは、激しい金属音が響いていた。


「戦闘音? 坑道の模型なんだろうか」


一行は興味深げな視線を注ぎつつ、奇妙な建物へと近寄っていった。


「あっ! 人が倒れています。それも大勢!」


「何だって」


サイアスはベリルの示す方向を注視した。建物の裏手側、

おそらくは出入り口付近には、複数の黒いわだかまりが見えていた。


「敵影」


「無いわ」


「そう。まぁ慌てずに近寄ろう」


ニティヤと短いやり取りをした後、

サイアス一行はゆっくりと人影の方へと近づいていった。



「あらら、大変なことになってるね」


サイアスは率直な感想を漏らした。

件の建物の脇には7名が転がっていた。周囲には訓練用の

装備が散らばっており、転がる者たちの衣服は一部煤けていた。

いずれもかなり身なりがよく、おそらくは騎士級かと思われた。

サイアスは中央で大の字に転がる1名に見覚えがあった。デレクだ。

少し離れた位置では木剣を杖代わりにしたルメールが肩で息をしていた。


「ん、祈祷師か? 助かった…… 

 回復祈祷を頼む。もう死にそうだー」


泥のように地べたに転がるデレクはローブ姿に反応してそう言った。

サイアスはスタスタとデレクの側へと歩いていき、顔を覗き込んだ。


「祈祷師かと思った?

 残念。サイアスでしたー」


「な、何ぃ?

 ……本当だ。くそ、騙されたー!」


デレクは喚きつつゴロンゴロンと転がった。

結構余裕ありそうだな、とサイアスはジト目でデレクを見つめた。


「サイアス殿か。

 これは恥ずかしいところを見られてしまったな」


辛うじて立っているといった風情の第一戦隊教導隊の隊長である

騎士ルメールが苦笑してサイアスに声をかけた。


「滅相もありませぬ。件の任務関連ですか?」


「あぁ御存知か。

 そうだ。日中は各戦隊から選抜された9名で

 実戦形式の演習にあたっているんだ。いずれも騎士級の強者だが、

 ご覧の通りの有様だよ。私も訓練でここまで追い込まれたのは久々だ。

 オッピドゥス閣下との格技訓練以来だな……」


「……よくご無事で」


サイアスはルメールをマジマジと見つめた。

そんなサイアスを見てデレクがうわごとのように呟いた。


「うぅ、サイアスよ…… 俺はもう駄目だ……

 最後に一つ、お前に伝えておきたいことがある……

 いいか、世の中には、二種類の男が、いる。

 女を泣かす者と、女に泣かされる者だ…… 

 これらには…… 身分や年齢、容姿と言ったものは、関係ない。

 生まれついての性分と、出合い頭のやりとりで、決まる……

 顧みれば、付け込まれ…… さりとてあしらえば、弾劾される……

 いいか、お前は泣かされる者には、俺のようには、なるな……

 お前は、女を泣かす、側に、まわ」


ゴチン。


「ぐぁあ! 頭が! 頭が割れるー!」


デレクは悲鳴を上げて転げまわった。


「やかましいわ痴れ者めが!

 天馬騎士殿を汚すでないわ!」


見ればウラニアが訓練用の得物でデレクを小突いていた。

どうやら残り1名はウラニアであったようだ。


「ここで始末して置いた方が良いようね……」


「うむ。この女の敵め! 喰らえ! くたばりゃ!!」


ニテイヤの言に賛同し、ウラニアが激しく追い打ちをかけた。

デレクは木剣を拾い上げ、転がったまま間一髪これを受け止めた。


「あっウラニア様! こんにちは!」


ロイエやベリルが声を上げ、びしりと敬礼してみせた。


「おぉ、そなたらか。

 苦しゅうない。楽にしてたもれ。ホホホ」


デレクを押し切ろうとしていたウラニアは

態度を急変させ、口元に手をあててコロコロと笑った。

デレクは木剣を放り投げ肩で息をしていた。

より体力を消耗したようだった。


「ご機嫌よう、ウラニア様。

 とても厳しい修練の様ですね」


サイアスもまた敬礼してそう言った。


「何の。普段の訓練と変わりはせぬぞえ。

 この者らがだらしないだけじゃ」


「よく言うぜ。アンタに合わせる身にもな、ってあぃた!」


「このチンピラが。まだ減らず口を叩きおるか。

 一度とことん躾けてやらんといかんかのぅ」


「やめれ! 俺が可哀相だろ!」


「ぬかせ。ふん! このっ!」


デレクはなおも転がったままルメールに武器を要求し、

投げて寄越した木剣で必死にウラニアの突きを受け流していた。


「デレク様、とっても元気そうですね……」


「どこがだ! 馬鹿言うな、っとそこにいるのはベリル!?

 我が戦隊唯一の癒し系、ベリルじゃないか!!

 なんか薬くれー。甘くて美味しいやつー」


そう言ってデレクはベリルに頼み込んだ。

ウラニアはデレクの相手に飽きたのか、

今度は他の騎士にちょっかいを出し始めた。


「えっと…… 確か気付け薬の製法が……」


ベリルは腰のポーチから薬学書の写しを取り出した。


「あった! ふむふむ、成程……」


ベリルは帳面に記載の内容を音読し始めた。



「……このような症例には以下の処方が効果的である。

 すなわち、大湿原に繁茂するグァニッガ草と腐乱した

 ゲマズ杉の朽木をそれぞれ粉末とし、よく混ぜ合わせ……」


「……」


「それらをひと月履きっぱなしの兵士の靴下に詰めて

 よく蒸れた兜で目に染みる煙が出るまでグツグツと煮込み……」


「……ッ」


「ぶよぶよにふやけた靴下を患者の口に詰め込んで」


「!!?」


「煮汁と共によく噛んで飲み込ま」


「おっと! こうしちゃ居られない!!」


デレクのみならず転がっていた7名の騎士たちは

さっと立ち上がり迅速に装備を整えた。


「ベリルもう回復したわ! 

 悪いなー薬はまた今度で!!」


そして逃げるように坑道の模型内部へと消えていった。


「……せるぞと脅せば大抵すぐに飛び起きるものである。

 ユーツィヒ・ウィヌム著『愚者の薬』より」


「……」


「さすがは初代連合軍師長ユーツィヒ卿。

 まさに効果覿面じゃな……」


ルメールとウラニアは顔を見合わせ、

サイアスらと共に大笑いした。 

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