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サイアスの千日物語  作者: Iz
第二楽章 魔よ、人の世の絶望よ
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サイアスの千日物語 四十二日目 その六

一通り目を通した報告書をロイエへと返し、

得られた勲功の扱いについて相談していたところにデネブが戻って着た。

運んできた料理はかなりの量があったが、他は既に食事を済ませており

サイアス一人分ということらしかった。


「おはようデネブ。いつも済まないね」


サイアスは笑顔でそう言うと、

早速もくもくと食事を始めた。


「ほんと、世話が焼けるわよねぇ。

 あんたもうデネブが居ないと生きていけないんじゃないの?」


「うん無理。絶対無理」


ロイエに突っ込まれ、サイアスは躊躇なく肯定した。

デネブによってサイアスは実家と何ら変わらぬ生活環境を得ていた。

サイアス的にはむしろ、故郷ラインドルフを出てから入砦して落ち着く

までの間、よく一人きりで暮らせたものだと自画自賛する始末だった。


「デネブが得意げな顔をしているわ」


「あはは、尻に敷いたわね!」


頭の天辺から爪先に至るまで甲冑でその身を覆い、大兜には僅かの

露出もないと言うのに、デネブの表情が読み取れるらしい。

サイアスもデネブが現在進行形でドヤ顔であると読み取っていた。

そういえば最近は心なしか筆談の量も減っている気がする。

サイアスはふと、身近なものとデネブとの間に、

シラクサの念話に近いことが起きているのではないかと感じた。


「言葉がなくてもそんなに不自由しないものだね」


聴き手にとってはやや脈絡に乏しいことをサイアスは言った。


「そうね。昨夜の話にもあったように、

 目や耳だけが相手を理解する道具ではない、と

 そういうことかしらね」


ニティヤはベオルクが昨夜した話を掻い摘んでロイエに話した。


「そうよね。直観で判ることも多いし。

 まぁ私に隠し事はできないと思っときなさい」


ロイエはさりげなく恐ろしいことを言って扉の方を見た。

丁度ベリルが向かいの菜園から帰ってきたところだった。



「おかえり! どうだった?」


「芽が出てるのは三種類です。

 プレートにはかぶ、かいわれ、もやしって書いてました」


「ほぅほぅ、妥当なところね。

 稲、大豆、小豆はまだか……」


ベリルの報告にロイエは頷いた。


「内郭には蓋がなされた。

 菜園にはかなり厳しい状況だね」


「発芽に明かりは要らないけど、

 その後が問題よね。まぁ良いわ。

 今回は何がどう育つか調べるのが目的だったし」


「成程…… 食べきれない。

 ベリル、お腹空いてない?」


「えっ、まだ特には……

 あっ、でもその卵焼きください。

 やっぱりから揚げも」


ベリルは金色に輝く甘口の出汁巻きと

からりと揚がった鳥肉らしきから揚げを所望した。

ロイエではないが、サイアスには直観があった。

これは十中八九、羽牙の肉だ。


「はい、どうぞ。

 ……から揚げ美味しい?」


「柔らかくてさっぱりしてます!」


ベリルは幸せいっぱい頬一杯といった風情でそう答えた。


「そうなんだ……

 一つ頂いてみるかな……」


「その唐揚げ滅茶苦茶美味しかったわよ!」


ロイエがひょいと手を伸ばしてせしめつつそう言った。


「へぇ…… 本当だ。全然臭みがない。

 どうやったんだ……」


腐臭漂う大湿原を棲家とする羽牙の肉ともなれば当然のごとく

腐臭悪臭獣臭がその身に果てしなく染み付いているはずだが、

今食した唐揚げはさして味付けが濃くもないというのに

そうした否定的な要素が微塵もありはしなかった。


「西と東では肉の処理法が違うのよ。

 これは東の料理ね。詳しく知りたい?」


「とても気になる」


「そう。じゃあ授業料に果物を頂くわ」


「どうぞ……」


食後用に盛り付けてあった、宝飾品にも似た葡萄ひと山が

ニティヤへの供物となった。ニティヤはそのうち半分程を包みに入れて

しまいこんだ。後程こっそり楽しむらしい。その後ニティヤは適宜

葡萄や茶で喉を潤しつつ、肉の下ごしらえについて小一時間ほど

具体例を交えてたっぷり語って聞かせた。


曰く、西は大量の香辛料で肉の臭みを中和し覆い隠し、

一方で東は血抜きと水洗いで臭みそのものを失くすのだそうだ。

サイアスはなんとなく料理の腕前が上がった気がした。

一人では到底食べきれぬと思われた料理はあれよあれよと

言う間に減っていき、最終的には冷蔵箱から氷菓まで追加する

羽目になって、そうしてサイアスは優雅な昼食を終えた。

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