サイアスの千日物語 四十二日目 その五
居室に戻って寝入ったサイアスが次に目覚めたのは
午後2時を少しまわった辺りだった。
デネブという完全無欠の目覚ましのお蔭で、どれほど熟睡しても
いざというときは必ず起こして貰えるのだという安心感は大きく、
サイアスは眠いときはとことん寝たおす覚悟と決意をしていたものだが、
目が覚めたならそれはまぁ良しとばかりに
今回は人並みの睡眠時間で勘弁してやることにした。
むくりと起きた室内は仄暗く、
城砦内郭には蓋があるのだと改めて思い知らされた。
のそのそと立ち上がったサイアスは
まずは湯浴みでもしようかと応接室へと向かった。
「あ、起きた! 今日はやけに素直ねぇ」
卓上に広げた書類と格闘していたロイエがそう言った。
一体どこから手に入れたものか、ロイエは眼鏡を掛けていた。
「おはよう。眼鏡?」
「これ? セラエノ様に貰ったのよ。
雰囲気出るし、切り替えってのは大事なのよ!」
どうやら伊達眼鏡の類らしい。
「そうなの? お腹が空いた」
どことなく噛みあわぬ会話をしながら、
サイアスは着替えを用意してフラフラと洗面所へと向かった。
湯浴みを終えて随分さっぱりしたサイアスは、
セラエノに無理やり持たされた純白のローブに身を包んだ。
セラエノのローブは翼の邪魔にならぬよう背中が大きく開いて
いたため、ローブの上からはニティヤに貰った薄手の羽織を羽織っていた。
生きた剣帯を手にすると勝手に飛び跳ねてびしりと腰に巻き付き、
サイアスはしばし無言で剣帯を見つめ、やがて頷いて卓へと向かった。
「……そのベルト、大丈夫なの?」
ロイエが剣帯をマジマジと見つめていた。
「んー、平気平気。味方だから」
「そう…… まぁいいわ」
「そういえばベリルは?」
サイアスは居室にベリルが居ないのに気が付いた。
「今菜園を見に行ってるわよ。
早いのは芽が出始めたみたい」
「へぇ……」
「すべては漉し餡のためね」
ふと気づくとすぐ隣にニティヤが腰掛けていた。
「おはよう。デネブは?」
「あんたが部屋から出てくると同時に厨房へすっ飛んでいったわよ!
まったく世話が焼けるのよねぇ、うちの旦那様は」
すっかりオカンとなったロイエは手元の書類から
一束抜き出してサイアスへとまわした。
「夜中の散歩の報告書。昼前に届いたわ。相当派手にやったみたいね。
前哨戦ってのは願掛けみたいな面もあるしその方がいいわ。
今は第二戦隊が出張ってるって言ってたわね」
「あぁ、調査にきた連中を仕留めるのかな……」
そう言いつつ、サイアスは脇から覗き込むニティヤと共に
報告書に目を通した。報告書は全部で6枚あり、5度の奇襲戦それぞれ
へのものと、それらをまとめたものとなっていた。茶が欲しいというと
ロイエが自分の飲んでいたものをひょいと寄越したので、サイアスは
一口頂いてから、一陣目にいた巨大な眷属についての情報を確認した。
一度目の奇襲で真っ先にベオルクが斬り伏せた巨大な眷属は
「縦長」というらしかった。書棚から引っこ抜いた資料に
よれば、硬い殻に覆われた無数の節が連なった蛇とも虫とも付かぬ
大型種であり、それぞれの節からは節くれだった肢が生え、
最後尾には槍のような一対のトゲ、最前部には人の10倍はある人面。
硬さと速さを兼ね備えた難敵であり、専ら宴等の特殊な状況でのみ
出没する上位種であるとのことだった。
縦長の最大の特徴は、長大な体躯を活かした上空からの喰らい付きと
分裂にあった。大抵の地上生物は水平方向に比して上下方向への
視界移動や警戒を苦手としているため、ほぼ垂直かマイナスの俯角を以て
襲いくる喰らい付きは回避困難であり、また重い頭部による頭突きも
破城鎚に匹敵する破壊力を持っていた。さらに硬質な殻には矢弾の類が
効かず、有効打を求めて節に沿って斬撃を繰り出すと比較的容易に
分断できるものの、分断した位置から新たな頭やトゲが生えて2体に増え、
節の数だけ同様に分裂を繰り返すとのことだった。戦力指数は16。
騎士ですら単騎では勝ち目が薄かった。
もっとも昨夜は奇襲の上、魔剣で縦に割られた挙句魂ごと燃やし
尽くされたため、分裂もできず実にあっさりと撃破されていた。
ベオルクの戦力指数は20を超えているとのことだが、縦長とベオルクの
間には数値以上の格差があったようにサイアスは感じていた。
そもそも昨夜の敵群は一陣辺り累計戦力指数が100近くあったらしい。
騎士長1名に兵士7名を和しても決して100には届かぬため、
単純な累計戦力指数の比較では戦の帰趨を占なうことはできないようだ。
一度参謀部で話を聞いてみた方が良さそうだとサイアスは思った。
5戦全てを踏まえた戦果としては、ベオルクが150と圧巻であり、
他の兵士らはせいぜい30と言ったところ。ベオルクの得点を半減させても
75であり、決定的に過ぎる開きがあった。サイアス班の得点はベオルクの
半分である75に主にデネブが仕留めた25を加えた100であり、
これをシラクサを含む4名で分割して一人25ということになった。
眷属の撃破報酬は戦力指数1あたり勲功にして200点。闇中の散歩の
手土産として、サイアスたちは各々5000点の勲功を得たのだった。




