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サイアスの千日物語  作者: Iz
序曲 さらば平原よ
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サイアスの千日物語 二十九日目

第四戦隊は平時の員数が他より遥かに少ない。とはいえ

臨時増員もあるため、営舎の規模は平時の員数に比してかなり大きく、

そのため空き部屋も多かった。さらにライナスが戦死した際に

部下もかなりの数、同様に戦死していたため、現状は20名程度が

所属するのみであった。それゆえ入砦式に向け待機状態にあった

サイアスにすら、一室提供する余裕があった。


サイアスに提供された部屋は兵士長の用いる個室であった。

通常、見習いや新兵は8人、兵士は4人に対し一部屋といった

按配であり、サイアスへの厚遇度合いが伺い知れた。

もっとも、8人詰まった相部屋であれ、出撃して戻れば一人のみ、

といったことがごく普通に起こるのが、この城砦の常であった。



深夜。サイアスは何やら視線を感じ、夢か現か定かではないまま

薄く目を開けた。すると居室の天井に、例の不可思議な女が

張り付き、じっとこちらを伺っていた。暫しの間、無言でじっと

見つめあった後、サイアスは


「こんばんは」


とそれだけ言って再び目を閉じた。

女は暫し沈黙していたが、


「……まるで動じない。影には仕え易い主だわ。

 いちいち驚かれると傷つくもの……」


と、何やら感心しているようだった。


「……起きて頂戴。話があるのよ」


ややあってサイアスは再び目を開けた。が、身を起こそうとは

しなかった。何せ相手が天井に張り付いていて、既にこちらと

向かい合っているのだ。この方が話し易いだろうとの判断だった。


「確かマナサ様ですね。第二戦隊の」


「本名はシューシャよ…… マナサは名跡。

 故郷の風習のようなものね」


不可思議な女はほのかに笑みを浮かべた。

墨染めの衣と乳白色の肌を、わずかなランプの灯りが照らしていた。


「とはいえここでは騎士マナサ。隠密、という表現が適当かどうか。

 そういう役周りを担っているわ。 ……貴方に一つ頼みがあるの」


「何でしょう」


サイアスは屈託なく尋ねた。


「……明日の夕刻、人員輸送の大部隊と共に、一族の娘が

 志願兵として送られてくる。その子のことを貴方に頼みたい」


「判りました。具体的に、何をすれば良いのですか?」


「……承諾自体は確定なのね。有難い」


マナサは微笑んだ。妖艶、という言葉がサイアスの脳裏に浮かんだ。


「私の一族は、代々密偵や暗殺を生業としている。

 だから戦いについては何も心配などしていないわ、けれど」


「……その子には何か、別の目的がある」


「……」


「……まだ内容に確証はないわ。

 私も平原を離れて久しいから。でも恐らくは……」


マナサは言いよどみ、サイアスは言外の意図を察した。


「なるほど。とはいえ」


「フフ、手伝う必要はないの。むしろ」


マナサは続けた。


「思い留まらせて欲しい。

 無茶しないよう面倒をみてやって貰いたい」


「判りました。その方の御名前は」


サイアスは躊躇なく答えた。マナサは少し身震いして言った。


「本当に、欠片も躊躇わないのね。素晴らしい…… 

 その子は恐らくニティヤと名乗る。本名はいずれ当人が話すわ……」


ニティヤというのも恐らくは名跡なのだろう、

サイアスはそう思いつつ頷いた。


「ではお願いね。御礼はそのうちさせて貰うわ……」


そう言い残すと、マナサはまたしても暗がりに消えた。

サイアスはそれを見届けると、目を閉じすぐに眠りへと落ちた。

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