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サイアスの千日物語  作者: Iz
第二楽章 魔よ、人の世の絶望よ
306/1317

サイアスの千日物語 四十一日目 その九

ヴァディスら軍師衆に連れられて

踊り場脇の階段を登ったサイアスが着いたのは、庵の物資貯蔵庫だった。

下階からこの独立区画に運び込まれた物資は一旦この貯蔵庫で保管され

必要に応じてさらに上階へと持ち込まれるらしい。雑多な木箱の数々が

それ相応の整然さを伴って適宜並べられていたが、並べたのは

資材部の人手であってセラエノ当人ではないのだろう。

その証拠にさらに上階への階段側の木箱ほど乱雑に開封され、

周囲には蓋や木片、藁屑といった箱の残骸が散乱していた。


サイアスはふと、穀物庫に害獣が侵入して無体の限りを尽くした様を

思い浮かべた。ともあれこの貯蔵庫部分には既に誰も居らず、

サイアスらはさらに歩を進め上階への階段を登っていった。



上階はおおよそ、ロイエが推測した通りの光景が広がっていた。

そこは言わば居間とロビーを兼ねた大広間であり、階段のすぐ脇には

外部に通じる扉もあった。扉から奥に向かってゆったりとした

広間が拡がり、ソファーや卓といった調度品の設えられた

上品な憩いの空間として設計されていた、はずであった。


実際広間には違いなく、中央には十分な広さの空間と導線が確保されて

はいた。が、これはサイアスの来訪に合わせて座れる場所を確保すべく

セラエノが得意の羽ばたきで吹き飛ばした結果であり、本来その場を

占めていた調度品やめくれあがった敷物、またそれらに倍する空き箱や

包装紙その他いわゆるゴミの数々は吹き飛ばされて部屋の隅にそびえ立ち、

人の肩口辺りまでに積みあがって第二第三の壁面を構築していたのだった。


どうやらセラエノは平素から散らかるたびに同様のことを

やらかしていたらしく、うず高く積み上げられた物品の底部、

壁に近似する部分には、年季の入った粘菌類や余りに緑な蘚苔類など

色とりどりの謎生物が覇を競うように群生し、名状し難き新たな生命の

誕生の呼び水となっている気配があった。


100年間まともに掃除しない部屋とはこういったものか、

とサイアスはまさに密林の奥地に古代遺跡を見出したがごとく、

何とも筆舌に尽くせぬ感慨を抱いていた。



広間の奥、やや上部には中二階となった別室があり、

そちらは平時からの生活空間として使用されているらしく

普通に小奇麗であり、階下の魔窟とは天と地ほどの差があった。

そしてその小奇麗な中二階から身を乗り出した状態で、

セラエノが石像のごとくに硬直していた。


一方開けた広場の中央付近では、先行した軍師アトリアと

サイアス一家の精兵が非常識かつ不衛生な四面楚歌と対峙し

無言で生存戦略を実行していた。普段の任務では気にも留めず

通過するのみであったアトリアはともかく、これら主婦衆の反応は

それはもうもの凄まじく猛々しいものであった。


デネブは甲冑メイドとしての矜持、いわゆるメイド魂に火が点き

激しく燃え上がり、いかにかこの部屋始末せん、と全身より

破邪顕正の闘志を迸らせ無言でてきぱきと浄化作戦を猛遂していた。

ロイエとベリルもまたまなじりを決してデネブと共に

家事の修羅と化し、ニティヤは妖糸を乱舞させ雑多な散乱物を

逐次粉砕撤去しあるいは区画線を構築して、居室の新たなる

設計図を構築し具現化していた。



遅れてやってきた軍師らとサイアスはこのまるで平原と荒野との

戦いの縮図であるかのような異様な戦場を目の当たりにして

魔や眷属に遭遇した以上の驚きをもって瞠目した。

それに気付いたセラエノは救いを求めるようにサイアスや

ヴァディスを見たが、ヴァディスを筆頭に一行はこっち見んなと

言わんばかりに、いや文字通りを目に浮かべつつこれを黙殺し、

セラエノは口をパクパクさせて再び石化した。ロイエは遅参した

軍師らの到着に気付き、野戦任官の将軍よろしく

後続の兵どもに檄を飛ばした。


「遅かったわね! 見敵必掃! ソージ&デストロイよ!

 遍く敵を殲し滅するわ! ただちに持ち場に就きなさい!!」


(Penitenziagite! Penitenziagite!)



「ぅ、うむ……」


「了解しました。参戦致します」


「はーい……」


ヴァディスやルジヌはロイエら降魔の軍勢の威勢に呑まれ、

浄化作戦に参加した。フェルマータもまた笑顔を失い、

粛々と戦列に加わった。綺麗好きなサイアスは自身のうちからも

地上より不浄を撲滅すべしという荒ぶる熱情が湧き上がるのを感じつつ、

宗教戦争とはきっとこんな感じなんだろう、とよく判らない悟りを開いた。


サイアスは階段側、玄関にあたる扉を開け、外が僅かな足場を残して

すぐに開けた空になっていることを把握し、そこから埃を逃がして

空気を入れ替えつつ、自身は処分品を空き箱や袋に詰めて

貯蔵庫へと移送する作業にまわった。

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