表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サイアスの千日物語  作者: Iz
第二楽章 魔よ、人の世の絶望よ
305/1317

サイアスの千日物語 四十一日目 その八

「では、まずは私が踊り場へと向かいます」


アトリアは手短にそう伝えると、大きな釣り針を直線部分で束ねて

放射状に広げたような形状の鉤の付いた縄を用意し、

数度手元で旋回させて上空の踊り場へと放り投げた。


鉤縄は矢の様に直線的に飛びゆき、踊り場に取り付けられた

金具の狭間をすり抜けた。そこでアトリアはくぃと手元を動かし、

鉤を金具に引っ掛け、数度引っ張って固定した。

その後アトリアは獣か蛇かといったしなやかさでスルスルと縄をよじ登り、

僅かの間に踊り場へと到着し、金具に縄梯子を固定して下へと垂らした。


「おー、凄い!」


ベリルが思わず感嘆の声をあげた。


「そうね。見事なものだわ」


すぐ隣から声がして、アトリアは慌てて振り向いた。

見るといつの間にやらニティヤが隣に立っており、

興味深げに周囲の様子を見渡していた。


「あんたも大概だと思うわ…… 

 じゃあベリル、私たちも登ろっか」


そう言うとロイエはベリルを促して縄梯子を上っていった。

特に苦もなく踊り場に到達したロイエはすぐ後に続いていた

ベリルを引っ張り上げた。寝台を二つ並べた程度の広さの踊り場は

徐々に手狭となってきたため、アトリアは踊り場のすぐ脇の四角柱の

側へと寄り、壁面上部を手前へと引き下ろした。引き下ろした部位は

そのまま新たな床となり、裏側には階段が現れて、アトリアは

一足先に庵の内部へと進んでいった。


アトリアが庵の中へと姿を消した頃には、デネブが縄梯子を

登り終えていた。その様子を下から見ていた軍師3名は僅かに

顔を見合わせた。何事か得心のいくところがあったらしい。

サイアスがその様子を訝しんでいると、


「……内緒だ。教えてやらない」


と、ヴァディスが薄く笑ってそう告げた。


「……既に把握しています」


と、サイアスはヴァディスに意味ありげに返し、


「ほぅ、どこまで知っているんだ?」


とヴァディスが問うと、ここぞとばかりに


「内緒です。教えてあげません」


とやり返した。即座にサイアスはヴァディスにとっ捕まってくすぐられ、

ルジヌとフェルマータに助けを求めた。ルジヌはやれやれと言った体で、

フェルマータはニヤニヤと楽しみつつ、共に我関せずとばかりに

サイアスの救援要請をガン無視した。


「っと、遊んでる場合じゃないな。

 いい加減寂しがりがイジケ出す頃だ。

 ルジヌ、フェルマータ。私たちも登ろう」


ヴァディスはそう言ってサイアスを放棄し、

ひょいと梯子に手を掛け、造作もなく登っていった。

どうにも軍師らしからぬ軍師だな、とサイアスはその様子を見て苦笑した。

ヴァディスが登り終える頃にはニティヤやロイエらも庵へと姿を消し、

踊り場にはヴァディスに次いで登り終えた軍師らだけが残った。


「さて、お前は梯子は使用禁止だ。

 早速例のアレを試してみるといい」


そう言うとヴァディスは縄梯子に手をかけ、さっさと巻き上げてしまった。

サイアスはお手上げといった風に手を広げ、暫し周囲を歩きながら

何やら思索し始めた。虚空を踏むことができるといっても、

何もない所を闇雲に踏みしめたところで三階程度の高さの踊り場まで

そう容易に辿り着けるものでもない。サイアスは開けた何もない空間に

踊り場に繋がるものを想像してみることにした。階段、梯子、坂道等

色々と模索した結果、やや急峻な岩場を空想し、そこを飛び交うように

登るという方策でいくことにした。


一旦動きだしたなら、逡巡するだけの余裕はない。

心身ともに調子は良好とはいえど帰りのこともある。

サイアスは十分にこれからの動きを脳裡に思い描いた上で、

まずは一歩目を踏み出した。右足をひょいと膝半分まであげて

虚空を踏みしめ、勢いよく伸ばすとともにやや左上方へ跳び、

左、右と互い違いに跳び跳ねるようにして徐々に高所へと昇りゆき、

次第に間隔を狭めてタタっと宙を駆けた。足は虚空を踏みしめられるが

手は中空を掴める訳ではない。上半身の均衡を崩さぬよう、

先に脳裡に描いた光景のままに虚空の岩場をサイアスは昇りつめ、

ついに踊り場へと到着した。


「13秒か。初回にしては無難かな」


時間を計測していたらしきヴァディスがそう言った。


「成功しただけでも称賛に値します。

 よく想像通りに動けましたね」


ルジヌが眼鏡に手をやりつつそう言った。


「流石に疲労が見えますね。飴でも舐めます?

 あ、カエリアの実も良いですね。甘いから」


「甘いと気力が回復するのですか?」


「いえ、私甘いもの好きなんで。あはは」


フェルマータは相変わらずな感じであった。

サイアスはフェルマータはおそらく某かの真理を笑いではぐらかして

伝えているのだろうと踏んで、カエリアの実を一つ食べておくことにした。

その様子を見てフェルマータは満足げに目を細めていた。


「どうだ、魔術に手を出した感想は」


ヴァディスは茶目っ気のある表情でそう問うた。


「一歩目を踏みしめるまでは曖昧模糊としていた何かが

 歩を進めるにつれ形を成し、確たるものとなっていくような。

 これまで別個に散在していたいくらかのものが、

 一つに繋がって新たなものに変じたような。

 表現しにくいですが、そう言った感覚に囚われました」


「結構だ。剣術であれ魔術であれ、術理と呼ばれるものに

 触れた際、そうした感覚は起こるものだ。道が繋がったとか、

 絵が仕上がったなどと表現することもあるな。一言でいえば悟りだ」


「なるほど。確かに何か悟ったような気はする。

 それが何かと問われるとさっぱりだけれど」


サイアスはそう言って肩を竦めた。


「まぁそんなものさ。所詮は道具だ。

 我々としては使えればそれで十分さ」


ヴァディスはそう言って笑顔を向け、

庵への階段へとサイアスを促した。


「上が静か過ぎる。呆れて硬直していそうだ。

 とっとと増援にいってやるとしよう」 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ