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サイアスの千日物語  作者: Iz
第二楽章 魔よ、人の世の絶望よ
303/1317

サイアスの千日物語 四十一日目 その六

サイアスら一行が中央塔内部へと入っていくと、

ちょうどヴァディスが衛兵に事情を説明しているところだった。


「私は先行して各層の通行許可を取り付けて置こう。

 案内はルジヌに任せて良いか?」


「えぇ。では後程上層で。

 では皆さん、まずは下層からご案内しましょう……」


ルジヌは訓練課程の講義と何ら変わらぬ調子で

サイアスらに説明を開始した。ヴァディスはその様子に

軽く笑むと、先に上階へと進んでいった。


「地上から2階までは吹き抜けの広間になっています。

 3階部分は隣接する参謀部と繋がっており、広間や応接室等が

 設置されています。4階は騎士団長の居室と執務室、及び

 衛兵の詰め所であり、この4階部分までを下層と呼んでいます。

 本城中央の中枢区画の天井が丁度ここまでの高さとなっており、

 これより上は本城内の地上からは視認できません。

 

 中央塔には地下もあり、基底部と呼ばれ3階までありますが、

 その下にも深く離れた位置にいくつかの小規模な玄室が存在しています。

 城砦陥落等の非常時には重要な資料や人物はこれらの玄室に搬送され、

 通路を切り離して隔離状態となります。黒の月が終わってなおも

 生き永らえていたならば、資料と供に救出されることもあるでしょう」


中央塔の1階部分には特大の支柱と入り口脇の受付、支柱の脇に

階段があるばかりであり、後はなにもない開けた空間となっていた。

おそらくここは非常時の兵溜まりとなるのであろうとサイアスは思索した。



「それら非常用の玄室が、実際に使われたことはあるのですか?」


サイアスはふと、ルジヌにそのように問うてみた。


「えぇ。帝政下のトリクティアが兵士提供義務を拒否したことがあり、

 未だ建造中であった城砦が壊滅状態に陥り、セラエノ参謀長以下

 軍師数名が戦闘記録や機密資料と共に地下の玄室に避難し、

 およそ2か月後連合軍の決死隊により救助されました。

 生存者は閣下のみであったと聞いています」



膨張主義の絶頂にあった帝政トリクティアは国益を優先する余り

自国を含む平原全体の存亡に関わる一大危機を招く暴挙に出て、

結果多大な代償を支払って共和制へと移行したのだった。

事態を招いた最終皇帝は記録抹消刑ダムナティオ・メモリアエに処され、

歴史からその存在そのものを否定されていた。



「そんな事が……」


「当時は本城と支城たる各営舎及びその周壁、要は今でいう

 内郭までしかない状態で、本城の変形機構も未完成でした。

 その後この経験も踏まえ、大規模な防壁と兵溜まりである外郭や、

 内郭の蓋等の機構が追加され、現在の形状に至ったのです」


「成程……」


「閣下は言わば、城砦建造時からの『生きた書庫』ですので、

 今後も非常時には最優先で生存させねばなりません。

 もっとも件の一件以外ではそのような事態に陥った例はなく、

 外郭が多少破壊された程度に留まっていますね」


「家屋数軒分の厚みがある壁を破壊…… 

 とんでもないわねぇ」


「巨体を誇る魔や眷属は、拳や体当たりで強引に壁を

 穿つことがあります。もっともそこで動きが止まるため、

 大抵は多量の兵で重囲して仕留めます。それでも魔は突破し

 離脱してしまいますが……」


「破城鎚や戦象みたいなのが突っ込んでくる感じなのね……」


「なかなか良いたとえです。ロイエンタールさん。

 戦象が肉食獣の機敏を以て火を吐き雷を纏って突進してくる、

 そんな感じですね、防壁を崩す類の魔というのは……」


「絶対お近づきになりたくないタイプだわ……」


「猪突猛進と一笑に付すには余りに高火力ではありますが、

 魔としては対処しやすい部類です。もっと危険なものも

 たくさんおりますよ」


「聞くんじゃなかった……」


ロイエは盛大に顔をしかめ、ルジヌはそれを見て薄く笑った。



一同は3階と4階を抜け、下層からさらに上へと進んでいった。


「ここ5階からは塔外の造りが変化し、1階あたりの高さが

 塔内の2階分もしくは3階分程度になっています。

 俯瞰した場合、長方形のプレート状の層が互い違いに

 積まれて見える外壁の無い区画であり、同様の構造が続く

 12階までを中層と呼んでいます。

 

 外壁がないといっても中央塔自体は基底部同様

 壁を持った状態で屹立しており、その外側に屋根のある

 踊り場と言った体でプレート部が存在し、攻城兵器群または

 弓兵部隊の配置箇所や周辺状況の観測所、さらには蓋や防壁などの

 多様な用途に用いられる可変外装が具わっています。

 

 現在はそうしたもののうち最も下部にある一枚が広域展開し、

 内郭全体を覆う蓋となっていますね。この区画は現在

 作戦展開中ですので、見学はまたの機会としておきましょう。

 ではこのまま中層を抜け上層へと向かいましょうか」


ルジヌの説明に先日上空から見た城砦の光景を重ねあわせ、

サイアスは物思いに耽りつつ階段をさらに上階へと昇っていった。

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