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サイアスの千日物語  作者: Iz
序曲 さらば平原よ
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サイアスの千日物語 二十八日目 その二

「ふー疲れた。飯って風呂ってさっさと寝よう」


デレクは例の調子でそう言うと、さっさと練兵所を後にした。

サイアスと兵士たちは昨日同様木片を手分けして運ぶことにし、

サイアスは木片を抱えて食堂まで何往復かすることとなった。


ようやくあと一往復となり、食堂から練兵所へと営舎の通路を

戻るサイアスの耳に、


「……貴方がサイアスね」


と囁く女の声が聞こえてきた。


サイアスは歩みを止めて周囲を見渡したものの、どこにも

人の姿は見当たらなかった。営舎の通路はさほど広くない。

囁き声が届く範囲なら、十分気付けるはずだった。

怪訝に思いつつも先を急ごうとすると、再び声が聞こえてきた。


「……上よ」


営舎は平屋建てだった。上と言われても、と眉間に皺を寄せつつ

サイアスが顔を上げると、声の主と目が合った。

墨染めの衣を纏った不可思議な女が、壁や梁を巧みに利用して、

高めの天井にへばりついていたのだ。


「……」


「……」


サイアスは静かに女を見つめ、女は静かにサイアスを見つめた。

ややあってサイアスは、


「初めまして。宜しくお願いします」


と通り一遍の挨拶をした。魔には見えないので人だろう、

人であるなら味方だろう、というただそれだけの

至極単純な判断基準に基づいて取った行動ではあったが、


「……宜しく」


との返答とともに、女は満足げに微笑んでいた。



「第四戦隊の方ですか?」


会話が成立するならば、取り合えず出来ることをしておこう、との

とても前向きな発想をもって、サイアスは天井の女に話しかけた。


「違うわ…… 所属は第二戦隊よ」


「はぁ」


「時折、召集されるのよ。それに」


「ここは空き部屋が多くて、居心地がいい……」


時折思い出したようにぽつり、ぽつりと話す内容を総合すると、

この女はどうやら第四戦隊が特務に応じて他戦隊から召集する

選抜兵の一人らしかった。何度か召集されるうち、第四戦隊の営舎には

空き部屋が多い点に目を付け、元来単独任務が多いのを良いことに

今や半ば棲み付いている、とのことだった。


「私は潜伏行動が専門よ……」


「そうですか」


「だから普段から、こうしている」


こうしている、の指す内容がよく判らなかったが、

きっと深く考えてはいけないに違いないとサイアスは判断した。


「……貴方に一つ、頼みたいことが」


女が言葉を継ごうとしたその時、共に訓練をこなしていた

兵士がやってきた。


「サイアスやけに遅いじゃないか。どうかしたのか…… ってうわっ!」


サイアスの視線を追って顔を上げた兵士が思わずのけぞった。

無論天井にへばりつく女の姿に驚いてのことであったが、

サイアスは兵士のそうした態度を見てようやくにして、

この女の行動が城砦でも突飛な部類に入るのだと理解した。

村を出てからというもの、あまりにもあまりな出来事が多すぎて、

何が驚くべきで何がそうでないのか、サイアスには判断が

付かなくなってきていたのだった。


「私を見たわね。消すか」


女は感情の無い声で呟いた。


「いや! いやいや! 一応味方同士だろ! ……違うのか?」


「おい何を騒いで…… ってうぉ! なんだこの蜘蛛女!」


別の兵士が二人やってきて、やはり驚きの声をあげた。

自分も驚くべきだったのかな、などとサイアスが想い耽っていると、


「……第二戦隊の騎士マナサよ。そこの兵士三名、顔は覚えた……」


と言い残し、暗がりにささっと消えてしまった。


「今の何!」


「顔は覚えたって何!!」


「俺ら獲物認定なのか!?」


などと叫ぶ兵士たちを何とかなだめつつ、サイアスは

最後の一往復を済ませた。連日の変化に富みすぎた生活のせいで

相当精神的に参っていたのだろうか、風呂と食事を済ませてしまうと

実にあっさり眠気が訪れた。そこでサイアスもまた、

デレクに倣ってさっさと寝てしまうことに決めた。

こうして今日も10点の勲功を得て、一日の任務を終えたのだった。

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