サイアスの千日物語 四十一日目 その二
ランドやシェドが引き上げた後、
サイアスは一旦書斎兼寝室へと戻って服装を整えた。
濃紺のガンビスンに黒の手袋とホーズ、茶のブーツ。
全て第四戦隊兵士長就任に合わせて新調したものだった。
ガンビスンの右肩にはエイレットを装着し、その上に
ヴァディスを倣って右肩をはだける様にしてケープを羽織った。
ケープの正面、胸前に付いたブローチには、セラエノに貰った
純白の風切り羽根をあしらっていた。
左の腰には繚星を、右の腰周りには道具入りのポーチを。
そして右手には帯剣仕様の八束の剣を携えた。
ケープの背中部分には、いつの間にやらラインドルフ家及び
中央城砦、さらに天馬と音符の計4つの紋様を配した紋章盾が
見事な精緻さで刺繍されていた。どうやらニティヤの仕業らしい。
サイアスはすっかりご機嫌となって、得意げに微笑むニティヤに
ひとしきり礼を述べ、八束の剣をデネブに渡し、自身は
縦長の包みを抱えて居室を後にした。
営舎から出たサイアスは、景観の変化に驚いた。
昨日までの開放的な明るさが失われ、篝火で照らされた
薄明かりの空間に無数の光の柱が突き立ったようなその光景は
地下の回廊や岩窟、鍾乳洞を思わせた。
黒い月の出るひと月の間、「蓋」はされたままであり、日中は
随所に設けられた採光用の「窓」から木漏れ日の如くに日が差し込み、
これが光の柱となって暗がりに明かりの広がりをもたらしているのだった。
「おぉ、凄いね。幻想的な光景だ」
サイアスはそう呟き、デネブもまた頷いた。
サイアスとデネブはこの「光の列柱の間」を本城西口を目指して進んだ。
ところどころ、光の柱の下には兵士が数名で集まっていた。
兵たちは羽牙の屍を処理しているようだった。
日中は陽光の柱が降り注ぐ蓋の窓は、夜間は篝火の灯りが漏れる
勝手口となる。そこに惹かれた羽牙を弓兵たちが適宜狙撃し、
結果朝には光の柱の下に屍が落ちているのだった。
もっとも狙撃の成功率は羽牙の侵入数に比べれば十分とは言えず、
少なからず出た射ち漏らしは昨夜シェドが聞いた喧噪の如くに
地上の兵らが始末することとなっていた。
こうした理由で黒の月の期間、城砦は羽牙の屍を大量に得ることになり、
屍はあるいは装備の素材として、あるいは篝火用の油として
有効活用されていた。また黒の月の期間は鳥肉料理が増えるとも
言われていた。こちらはけして噂の域を出ることはなかったが。
内郭の変貌ぶりを目の当たりにしつつ南下して、
サイアスらは本城西口へと辿り着いた。
少なくとも日中に関しては警備の人手等に変化はなく、
中心部へ向けて走る目貫き通りの大路を中枢目指して進んでいった。
本城一階は東西南北に走る十字路と中心部にある広場で形成されており、
中心部の広場には大路の道幅より遥かに大きい直径を持ち、
本城全体の支柱をも兼ねている中央塔と、その脇に併設された
参謀部の施設があった。サイアスとデネブは既に何度か訪れている
参謀部の施設へと入っていった。
扉を開けてすぐの受付には例によって軍師が待機しており、
サイアスらを敬礼して出迎えた。
「これはサイアス卿。参謀部へようこそ」
卿という呼ばれように違和感を感じつつも、
「お早うございます。
軍師ヴァディス様に御目通り願いたいのですが」
とサイアスは敬礼して申し入れた。
「ヴァディスは本日非番となっております。
貴殿との関係は聞き及んでおりますので、直接居室の方へと
足をお運びになられるのが宜しいかと存じます。
書庫の手前右手の階段から三階へと赴き、通路を道なりに
お進み頂ければ、居室の表札が見えて参ります」
「了解しました。そのようにさせて頂きます」
サイアスとデネブは軍師に一礼して先へと進んだ。
三階部分は軍師の営舎となっており、ルジヌやフェルマータといった
見知った名前の表札が並んでいた。サイアスは通路のほぼ突き当り、
中央塔へと続く扉の程近くに目当ての表札を発見した。プレートには
城砦軍師並びにカエリア王立騎士ヴァディスと打刻されていた。
サイアスは何ぞ罠なぞあるまいかと警戒し、扉を慎重にノックした。
するとややあって中から見知った声が返ってきた。
どうも殺気立っている。サイアスはそこはかとない不安を感じた。
「どなたか?」
「お早うございます。サイアスです。デネブも一緒です」
「ん…… サイアス? ならいいや」
言うが早いか扉が僅かに開かれて、にゅっと伸びてきた手に
むんずと掴まれ、サイアスは室内へと引きずり込まれ、
すぐに扉はバタンと閉じた。デネブが呆気に取られていると
再び僅かに扉が開かれ、白い剥き出しの腕が手招きをした。
デネブは何となく事情を察し、極力扉を開けず滑り込むように
中へと入った。見るとヴァディスはチュニック一枚きりの姿であり、
サイアスは石化したかのように硬直していた。
「よく来たな。まぁゆっくりしていけ。
……何だ、石像ごっこか? 変な遊びだな」
ヴァディスはサイアスの頬を楽しげにプニプニと突いた。
「……服を。取り敢えず服を着ましょう」
「馬鹿いうな。今から湯浴みなんだ。
何ならお姉ちゃんと一緒に入るか?」
「やめてくださいしんでしまいます。
どうぞごゆっくりなさってください……」
サイアスは首筋にデネブの凍てつく視線を感じつつ、
丁重にお断りしてソファーに陣取った。
先刻ヴァディスが殺気立っていると感じたのは
どうやら入浴の邪魔をされたかららしいとサイアスは悟った。
「遠慮するなよ。絶世の美女の裸に興味ないのか?」
「良いからさっさと入ってらっしゃい!
お土産勝手に飲んじゃいますよ?」
サイアスはそう言ってため息をついた。
ヴァディスはサイアスの持つ細長い包みを見て
「!? おぉ! 対応早いな!!
いいか! 勝手に飲むなよ! 絶対だぞ!!」
と念押しして、鼻歌交じりで洗面所へと向かった。
ヴァディスが洗面所へと消えたのち、サイアスはさらに溜息をつき
鋼鉄の荒神と化したデネブの鎮魂に明け暮れた。




