サイアスの千日物語 四十一日目
早朝。城砦内郭北西区画。
第四戦隊営舎のサイアスの居室には
食事と打ち合わせとを兼ねて、小隊の面々が三々五々揃いつつあった。
「はよーっす……」
応接室に現れたシェドは消沈気味に挨拶をした。
見れば目の下にはクマがある。
ランドを見やるとそちらも何やら不調な様子だった。
「……お早う。
珍しく弱ってるね。どうかしたの」
サイアスは生命力の塊の様なシェドの
弱弱しい有様を意外に感じ、そう問うた。
「どうかしたの、ってお前、なぁ……」
シェドは呆れた様子でサイアスに返答した。
「夜中に突然怒号やらドカドカ走り回る音が聞こえたり、
金切声が聞こえたり断末魔が聞こえたりすりゃぁ、
誰だってこうなるだろうよ、なぁ?」
シェドはそう言って周囲に同意を求めた。
「……僕はその都度君の喚き声で起こされてねぇ。
むしろ君の断末魔が聞きたくなったよ……」
「ひぃっ!? ランドさんお気を確かに!」
ランドは恨めしい表情で力なくシェドを見やり、
首を振って溜息をついていた。
「羽牙でも侵入したかな?
探せば表に死体の一つ二つ落ちてるかも」
サイアスは特段の感慨なくさらりとそう言い、
先刻届けられた書類に目を通していた。
「おぃい? 何でそんな平然としてるんだぜ!?」
「ん? そもそも何も聞こえなかったし。
昨夜はとてもよく眠れた」
「ファッ!?」
サイアスの居室は改築時に防音加工が成されていた。
もっとも聞こえていても無視して眠り続けていただろう。
「徹夜明けだったからなぁ。
俺も清々しく眠れたぜ」
「……」
ラーズの居室はシェドらの居室と同仕様であった。
こちらは明瞭かつ単純に神経が太いと言えた。
「あんた見掛けに寄らず神経質ね。
戦場で戦闘があるのは当たり前でしょ!」
ロイエが呆れたようにそう言った。
「なんだこの戦闘民族ども…… 平然とし過ぎだろ」
「そんなことより食事だよ。お腹が空いた」
サイアスにはシェドの感傷などより食事の方が重要らしかった。
ややあって、もはや押しも押されぬ甲冑メイドと化したデネブが
厨房から荷台で人数分の食事を運んできた。それを受けて
ロイエやベリルがそれを配膳し、ゆったりとした朝食が始まった。
「さて、今日の予定だけれど……」
食後、優雅に茶を喫しながらサイアスが話した。
「日中は副長の言われる通り、訓練だね。
他戦隊の任務の邪魔にならないよう、
基本的には北西区画から出ない方がいいだろう。
営舎か訓練所で適宜身体を慣らしておいてくれ。
あとは北西区画一帯を走り込むとか。シェドはそれが良いかもね」
「お、おぅ。伝令は足が命だかんな。
取り敢えず跳んだり跳ねたり走ったりすっか」
「サイアスさん、ちょっとお願いがあるんだけど」
「何かな」
「ブーク閣下から頂いた図面にいくつか気になるものが
あってね。まずは模型を試作してみたいんだけど、
材料を貰えないかな……」
「判った。一筆書くからそれを持って資材部へ」
「あー私がやっとくわ。戦隊で費用持って貰うから」
「じゃあロイエにお願いするよ。
ロイエは慣れているだろうから、事務やら訓練やらは
自身の裁量でやってくれていい。ベリルは座学に疲れたら
訓練所で試し斬りでもしてすっきりするといい」
「判ったわ!」
「判りました! 斧なら得意です!」
「おぉ、頼もしいね」
「ベリルってばすっかりウラニア様に影響されちゃって」
ロイエとベリルは楽しげにサイアスとやり取りをした。
「ラーズは第三戦隊に顔を出してくるといい
馬術の教練に関しては今日相談してくるよ」
「あいよ。暇なときは三戦隊の射場で慣らしてるぜ」
「判った。馬術は明日以降、教官の都合が付き次第で」
ラーズは残りの茶をぐびりと飲み干すと、
背中越しに片手を上げて一足先に退室した。
「ニティヤはいつも通りで構わないよ。
もしここでの戦闘で不明な点があったら、
マナサ様に確認しておいて」
「えぇ、判ったわ。
ところであなたが昨日持ち帰った羽牙の羽、
薄手の割に意外と丈夫みたい。鞄か帽子辺りに加工できそうよ。
私の手には余るから、工房に頼んでみたらどうかしら」
「へぇ、そうなんだ。
帽子と鞄か。どっちが良いだろうね」
「私、帽子が欲しいです……」
「よし、じゃあ今日工房に寄ってくるよ。
ついでにセラエノ閣下から羽をむし…… いや頂戴して
羽根付き帽子にしようか」
「おぃ! お前今ものっそい不敬なことを」
「気のせいだろう。忘れろ」
「ぅ、ぅす」
「デネブは午前中は私の供を頼む。
午後は居室でゆっくりしてて」
(判りました)
「ではこんなところだね。
また夕刻にでも落ち合うとしよう」




