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サイアスの千日物語  作者: Iz
第二楽章 魔よ、人の世の絶望よ
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サイアスの千日物語 四十日目 その六

夕刻。常ならば地平を紅に染め、昼とも夜とも違う

もう一つの世界をもたらす太陽は逃げるように潜み逝き、

夜の帳という言葉では片付けきれぬ漆黒の暗塊が、どろりと

空を覆いつつあった。太陽の後を継いで夜空の守護を担うべく

東の地平から上る月は暗がりの中でなお黒々と輝き、放つ光は

漆黒色をして落陽の残滓を急速に浸食していった。


光が無いから闇夜なのではなく、光があるから闇夜であった。

ありふれたはずの理は月の放射する漆黒の輝きにより溶かし

尽くされ、星々の瞬きも水面の反射も何もなく、ただ闇だけが

そこにあった。それは多くの創生神話に描かれる光景、すなわち

最初に世界には闇があった、という言霊のまことしやかな姿だった。


しかし無辺に広がる闇の世界において、海原の小舟が如くに

か細いながらも、闇色に染まらぬ存在があった。夜を焼き尽くさん

とばかりに無数の篝火を炊き上げ、あらゆる利器を用いて灯を増幅し、

闇に抗う石と鉄の城、西域守護城砦中央城砦であった。


どこまでも常闇の世界において、城砦は馬鹿馬鹿しい程に目立っていた。

魔はいざしらず、眷属には目も鼻もあり、耳もある。光の中で生きる

ための器官をもつ彼らには、常闇は生まれ故郷であっても、必ずしも

住み慣れた世界ではなかった。そのため城砦の篝火に知らず惹かれ、

生き物の臭いに食欲を滾らせ吸い寄せられるように、ためらいがちに、

しかし着実に城砦へと近寄り、やがて群れとなり軍勢となった。

これが宴の先触れであった。


遥か平原の光と命より、眼前の灯を目指させる。これこそ中央城砦が

荒野に突出して存在する理由であり、「退魔の楔」作戦の骨頂であった。

黒い月の出るひと月の間、夜の城砦は怒涛となって押し寄せる眷属を

凌ぎ続ける防波堤であり、敵味方の別なくただ死を撒き散らす

不浄の獄土と化すのであった。



「さて、黒の月が始まったようだな……」


城砦内郭北西区画、第四戦隊営舎詰所にて。

自慢の髭を撫で付けながら、副長たる城砦騎士長ベオルクが呟いた。

ベオルクはサイアスの第四戦隊兵士長就任と時を同じくして、

城砦騎士から城砦騎士長へと昇格せしむる辞令を受けていた。


ベオルクの戦力指数はとうに20を超え、騎士長たる水準に

達していたのだが、戦隊長の地位と合わせ、頑なにこれを固辞していた。

曰く、魔剣で水増しした武によって騎士長を名乗るなどおこがましい

とのことだが、その実先の戦隊長ライナスとその子サイアスへの

義理立てであることを、連合軍上層部には看破されていた。


そこで上層部は副長の地位堅持を条件に騎士長就任を命じたのだが

これに散々ゴネ倒し、実は正式通達のためにわざわざ召喚された

アウクシリウムでの連合軍最高会議において、騎士長就任の強要派たる

騎士団長チェルニーと取っ組み合いをするところにまで発展して、

周囲を恐怖のどん底に陥れた。


うっかりキレて魔剣を振り回していれば、アウクシリウムは

壊滅していたかもしれぬことに肝を冷やした上層部は

この面倒な頑固者をこれ以上刺激せぬよう、そっとしておくこととした。

お蔭でいつの日かサイアスに仕えたいというベオルクの願いは

未だ細々としてその命脈を保っていたのだった。



「みたいですねー。どうします? 

『散歩』しますか?」


デレクは相変わらず間延びした口調でベオルクに尋ねた。


「今夜はやめておこう。演奏会の余韻を堪能したいところだ。

 デレクよ。お前は明日から日中は閉所での連続戦闘を想定した訓練だ。

 お前なら狭くとも無難にハルバードでやれるだろうが、周りがそれに

 合わせられるとは限らん。それにブレスの類は吐かれた時点で

 窮地に陥るからな。先手を取れる細かい得物も存分に仕上げておけ」


「へーい。出番無いといいなー」


デレクはおどけて返事をし、


「じゃあ今日はもう寝るかー。

 お前ら呑むならすぐ集合なー」


そう言って供回りの兵士らと共に引き揚げていった。


「マナサは事前に伝えた通り、数日ゆっくり休んでくれ。

 無論飽きたら『散歩』しても構わんぞ。まぁ何事も程ほどにな」


「フフ、判ってるわ……」


どこからともなく声がして、一声きりで再び静かになった。


「サイアス小隊については別命あるまで日中は訓練、夜間は待機だ。

 夜間は居室での座学に励むがよい。陣形にせよ戦術にせよ、

 学ぶことはまだまだ多いぞ。また、サイアスとラーズに関しては

 別途特務を与えることがある。特にラーズにとっては

 視覚に頼らぬ狙撃を学ぶ良い機会になるだろう。

 第三戦隊に繋ぎを付けておく。顔を出してみるといい」


「はは、やっぱトンでもねぇとこだな、ここは。

 だがおもしれぇ。是非学ばせて貰いますとも」


「サイアスに関しては十中八九、特命がこれでもかと下るだろう。

 わしからは明日あたり、『散歩』の供でも命じるとしよう。

 夜の予定は開けておくようにな」


「御意に。 ……ところで『散歩』とは何ですか?」


「そのままの意味だ。『眷属狩り』とも言うがな。

 昔はよくお前の父上や伯父上と共に出かけたものだ。

 デネブとニティヤも一緒にどうだ。ニティヤはマナサと

 行動した方が動きやすかろうが、気が向いたら来るといい。

 フフ、まぁ内容についてはその時のお楽しみだ」


ベオルクはニヤリと笑ってそう言った。


「何だか楽しみになってきた……

 では閣下、我らもこれにて居室へ引き揚げます」


「おい、閣下はよせ」


「はーい」


サイアスは楽しげに返事をし、髭を撫でつつ顔をしかめる

ベオルクに敬礼して、配下と共に居室へと引き上げた。

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