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サイアスの千日物語  作者: Iz
第一楽章 荒野の学び舎
293/1317

サイアスの千日物語 四十日目 その二

時刻は午後の一時半。城砦内郭南西区画、第三戦隊営舎前広場にて。

営舎正面には扉を背にするように指揮壇が設置されていた。

檀上には城砦騎士団長チェルニー・フェルモリアが陣取り、

壇の左右には各戦隊長が威儀を正して控えていた。


指揮壇に向きあうようにして、やや距離を取って補充兵が

規律正しく整列していた。ここまではこれまで9日間の訓練と

大差ない図式だが、今回はこれに加え、補充兵らの両脇にこれを

挟撃するがごとき恰好で人の列が控えていた。

指揮壇から向かって右手の列は各戦隊の小隊長級の者たちであり、

補充兵らの配属先における直接の上官であった。

また左手の列は城砦の運営に関わる非戦闘系各部門の主幹級の

者たちと見学に来た数名の騎士、並びにその他の関係者だった。



補充兵たちはただならぬ雰囲気に気圧されつつも

式典の進行を待っていた。やがて二連打三度の鐘の音が鳴り、

午後の訓練課程の開始時刻となった。頃は良しと判じた

騎士団長チェルニーは、指揮壇脇にそびえるように控える

第一戦隊長オッピドゥス・マグナラウタスに目配せをした。


補充兵たちの脳裡には即座に初日の衝撃が蘇り、慌てて耳を塞ぐ

者もいたが、オッピドゥスは意外にもまともな音量を以て

厳かに式典の進行を務めた。


「これより訓練課程十日目午後の部、『配属式』を執り行う。

 この儀によって諸君ら補充兵は各戦隊に正式に配属され、

 以降は兵士見習いとして実地で経験を積み、実戦を経て

 勝を取り生き残った者のみが、一個の城砦兵士となるのである。

 

 これより騎士団長より諸君一人ひとりの名が

 配属先の戦隊名と共に読み上げられる。

 呼ばれた者は各戦隊から派遣された小隊長の下に整列し、

 指示を待つがよかろゥォオオォォオオオオオッッオォオゥ!」


やはりマトモなままでは済まなかった。きっちり傾聴していた

ところにがっつり無理やり不意打ちを食らい、補充兵たちは

グヮングヮンにしてキンキンとした耳鳴りを起こしてフラついた。

騎士団長以下各戦隊長と指揮壇向かって左方の騎士や関係者は

手慣れたもので、耳を塞いでニヤニヤしていた。

だがしかし、事前通達等はなく完全なる奇襲の類であったため、

右方の小隊長級には爆音がモロに炸裂し、配下たる補充兵たちと

命運を共にすることとなった。



「やりやがった……

 やりやがったよやっぱりなぁッ!」


二日酔いのシェドは小刻みに震えつつ、

その胃からこみ上げる生暖かい何かを必死に堪えた。

ランドは冷水でも浴びせられたかのように身震いし、

頭を振って何とか正気を取り戻そうとしていた。

ロイエやベリルはデネブを大盾代わりとしていたため無事であり、

デネブは装甲がびりびりと共振し、暫し挙動がおかしくなった。


「ハッハッハ! やはりこれが無いとお前たちも寂しかろう!

 戦場ではこれほど頼もしい声援も無いぞ。しかと覚えておくがいい」


チェルニーは眼前の惨状を満足げにニヤニヤと眺めつつ、

欠片も悪びれずそう言うと、副官の差し出した書状を手に威儀を正した。


「では内規に則り第一戦隊配属者からだ。第一戦隊兵士には

 身的能力において高い資質が求められる。ゆえにこれを持つ者は

 最優先で配属される。今期補充兵において、現時点で第一戦隊員たる

 要件を満たすものは15名である。すなわち……」


チェルニーは補充兵15名の名を順に呼んだ。本来ならば

デネブやランドもここに入っていた可能性が高いが、既に配属済み

であるため当然ながら省かれた。


「さて、続いて能力的には今一歩及ばぬものの、今後の鍛錬次第で

 十分に状況を覆せる者。また高い意欲を以て第一戦隊入りを希望する

 者らをも予備的に一戦隊採用とする。それは以下の者である」


チェルニーはさらに15名の者の名を呼んだ。計30名の補充兵たちは、

指揮壇向かって右方から歩み出た第一戦隊派遣の小隊長の数名の下、

新たな列を形成した。


「さらに今期補充兵に追加徴用となった、元駐留騎士団百人隊長たる

 ガーウェイン以下30名の元トリクティア正規軍機動大隊員を、

 第一戦隊へ編入する。ガーウェインを小隊長として、そのまま

 新規の列を成すが良い」


ハッ、と短い応えがして、百人隊の軍装をした30名の兵たちが

足並みを揃え新たな列を形成した。既に完成された熟練の部隊であり、

移動も整列も実に美々しいものであった。


「以上60が今期補充兵における第一戦隊採用員数である。

 次に第三戦隊隊員となる者の名を呼ぶ。第三戦隊で採用となるのは、

 主に弓の使い手と非戦闘系の特殊技能の保持者である。

 まずはこのうち弓兵見習いとなる者たちだ。前例同様、

 小隊長の下に列を成すがいい」


チェルニーは20名の補充兵の名を読み上げた。名を呼ばれた者たちは

元狩人が多く、幼少より弓に慣れ、ただ撃つだけなら既に一流の水準に

達しているものも多かった。また何名かは弓専門の傭兵も混じっており、

第四戦隊への抜擢がなければ、ラーズは間違いなくこの列の筆頭で

あったろうと思われた。


「次に第三戦隊員採用者のうち、非戦闘系技能の保持者についてだ。

 これらは当面、非戦闘系各部門の棟梁の下での修行と戦隊での兵務を

 並行することとなる。まずは顔合わせも兼ねて棟梁らの下へと並べ」


チェルニーはそう言ってやはり20名の名を読み上げた。

これらは補充兵となる前は各地で職工やその徒弟をしていた者たちであり、

兵士としてより職人としての価値が高いと見込まれた才人たちであった。

 

「さて、今期には常ならず第四戦隊兵士として抜擢された者が複数いる。

 以下の5名はデネブを筆頭に三戦隊の列の脇に並んでおけ」


こうしてデネブ、ロイエ、ベリル、シェド、ランドの名が呼ばれた。

サイアスとラーズの名は、後事のために敢えて呼ばれることはなかった。



「以上凡そ100を除く員数については、第二戦隊へと配属になる。

 二戦隊からは小隊長が複数参列している。適宜彼らの下に並ぶがいい。

 すなわち……」


残りは第二戦隊へ行け、で済ませることをチェルニーは良しとしなかった。

残り100名に付いても一人ずつ朗朗とその名を呼び、

一人ずつ堂々と第二戦隊の列へと向かわせた。


「以上が今期補充兵200余名の配属先となる。各員、今後は

 兵士見習いとして任務に励み、いずれ一個の城砦兵士として、

 魔や眷属を打ち払い、平原の防備に尽くして貰いたい」


「総員! 敬礼ッ!」


オッピドゥスが号令を掛け、営舎前広場の数百の群れは

一斉に騎士団長に向かい敬礼をおこなった。


「……うむ。励め!」


騎士団長チェルニーもまた敬礼を返し、仄かに笑んで頷いた。

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