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サイアスの千日物語  作者: Iz
第一楽章 荒野の学び舎
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サイアスの千日物語 三十九日目 その二十三

居室を出て詰め所へと入ったサイアスとデネブは、

何事か打ち合わせ中のベオルクらに呼び止められた。


「サイアス。先ほど参謀部から通達があった。

 明日の月は黒で間違いないそうだ。明日からは

 任務以外での夜間の外出は原則禁止となる。留意しておけ」


「了解しました」


「それで、今日はどこか行くのか?」


「第三戦隊営舎へ向かうつもりです。

 戦隊長ブーク閣下に御目通りを願おうかと」


「ふむ? どういった要件だ」


「実は……」


サイアスは演奏の件を手短にベオルクらに説明した。


「成程な。確かに良い手だ。

 であれば……」


ベオルクはそう言うと書類を取りだし何事か記載した。


「いっそ任務ということにしてやろう。

 その方が何かと都合が良かろう」


「えー、どれどれ……」


デレクは書類に記載の内容を読み上げた。


「発第四戦隊副長ベオルク。宛戦隊兵士サイアス・ラインドルフ。

 遂行令、計略『鼓舞』……

 配属式において補充兵への壮行にあたり演奏・歌唱を披露、

 その士気を少なくとも30上昇させよ、か」


「30というのは……」


「軍師による数値化された士気への効果値だ。

 補充兵の士気というのは高くとも50程度なのでな。

 まともに戦える80前後にまで高揚させよということだ。

 目安としては指揮官の檄が10、戦隊長クラスの演説が20、

 全軍への騎士団長の督励が30というところだ。

 ちなみに休暇または宴会の約定は50を超えることもある。

 娯楽系は基本的に効果が高い。実に判りやすい連中だ」


ベオルクはそう言ってデレクや部下らを見渡した。

一同は涼しい顔をして素知らぬ振りを決め込んでいた。


「明日の午後の配属式だが、黒い月が出る関係で、

 辞令伝達のみで終わる小規模のものとなる可能性が高い。

 お前が使える時間もわずかなものだろうが、やれるだけ

 やってみるがいい。わしとしても是非聞きたいしな。

 あと、こいつも使ってやったらどうだ?」


ベオルクはそう言ってデレクを顎で指した。


「デレク様、楽器を?」


「んー? あぁ、一通り何でも行けるぞー。

 モノがないけど」


「おー、流石……」


「ま、こんだけ何でも出来て楽器だけ無理ってこたぁ無いわな」


兵士の一人がそう言って笑った。


「余ってる楽器があったら適当に混じるかな。

 曲とか決まってるのか?」


「三国を中心に特に有名なヤツを三つ。時間が厳しいようなので

 全曲通しては無理かもですが」


そう言ってサイアスはいくつかの曲の名を挙げた。


「あー知ってる知ってる。あとここの倉庫にリュートが

 一つ二つあった気もする。誰かの遺品なんだろうけど」


「あったなそういや…… 使ってやれよ。

 楽器は鳴らしてナンボだしな」


「うむ、そうすっかー」


デレクは兵士らに促され、そう言って倉庫へと消えた。

サイアスはベオルクに礼を言って有難く指令書を受け取り、

詰め所を後にした。



「いいね、やろう!」


第三戦隊営舎、戦隊長執務室。

サイアスの申し出を受けた戦隊長クラニール・ブークは

二つ返事で承諾し、ベオルクの指令書に第三戦隊長の名も

書き加えつつ配下に指示を出した。


「第三戦隊の楽器所有者を調べてくれたまえ。

 楽器の種類もね。時間がない。最優先で頼む」


ブークの差配を受け兵士数人がすっ飛んでいった。


「快諾くださりありがとうございます」


サイアスはブークに礼を述べ、頭を下げた。


「何の。兵たちもこういう機会には飢えている。

 さすがに長時間は割けないが、訓話などより

 皆絶対に喜ぶだろう。私も楽しみだ」


ブークは笑顔で何度も頷き、一旦居室に引っ込んだ。

そして暫しの後、大量の楽譜を抱えて執務室に戻ってきた。


「さて、曲はこの中にあるだろうかね……

 私の知っている曲なら良いが」


「凄い量ですね…… 特に著名なものを三つ選んだので、

 必ずあると…… ありました。この三つです」


サイアスはブークが執務用の机いっぱいにざばっと広げた

譜面の中から、手早く目当てのものを抜き出した。


「ほうほう、成程…… 物語仕立てか。

 いやサイアス君、作家でもやっていけそうだね。

 これなら聴き手は堪らないだろう。

 ただ、三曲とも全て演奏する時間が取れるかは微妙だ。

 黒い月が出るために、内郭に『フタ』をするからね。

 日が傾く頃には閉め始める。つまりその前には全員各戦隊営舎

 等、持ち場にて待機に入る必要があるということさ。

 それにアレの作動音がまた、なかなかに騒々しくてねぇ」


「成程、そういうことでしたか…… 

 実は今回選んだ3曲は主旋律に一定の共通点がありますので、

 そこを中心に演奏しつつ、強引に一つに編曲することもできるかと。

 繋ぎの部分はこれから楽譜を作成しますが、マナサ様のシタールで

 これを担当していただければ、その独創性も相まって最良の効果を

 生み出せる可能性があります」


「おぉ、そこまで考えていたのかい。確かにあのシタール演奏は

 主旋律の多様性を円環の如く楽しむから、徐々に変化させて

 繋ぐには最高だろう…… 素晴らしい、それでいこう」


「一曲目は私がハープで主旋律を。二曲目はラーズにヴァイオリンで」


「何! ヴァイオリン!? あるのか……」


「? はい。私の実家から届いたものを、

 ラーズがやけに気に入ったので与えました」


「何だって!? うぅ、羨ましい話だなそれは……」


ブークは平原で出回り始めたばかりのヴァイオリンの名を

既にして知っており、かつ入手したいと熱望していたようだった。


「ふむ…… 補修や調整用に設計図も届いていますが、

 そちらで宜しければ写しを……」


「それだ!! ありがとうサイアス君!

 是非とも譲ってくれたまえ! それさえあれば工房に依頼して

 量産することもできる。統一した規格の楽器があれば、

 軍楽隊の編制も夢ではないぞ!! ははは!」


「おー。閣下、本気だったのですね」


「軍楽隊のことかい? 勿論だとも。

 怒号や騒音の入り乱れる戦場では、古来から軍鼓や銅鑼、鐘を

 命令伝達の手段として用いてきたが、どうにも風情が無いのでね。

 どうせ音で合図をするなら、旋律を伴う曲であった方が楽しいだろう

 と言うのが私の考えだよ。ただしこれをやるには高水準で均質な

 多量の楽器と人手が要る。だからなかなか思うように

 形にできなかったんだ。それがようやく今揃おうとしている

 ということだね。これぞ天佑、天の配剤というべきか……」


ブークは感無量と言った風情で言葉を途切れさせ、目頭を熱くしていた。 

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